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1.株式の譲渡(会社法事例演習教材[第2版])

第Ⅰ部 紛争解決編

1.株式の譲渡

Ⅰ-1 株式の譲渡

【設例1-1 名義書換未了の場合の譲渡株主の権利行使】

(1)P社株式に譲渡制限の定めがない場合

Q1 株式に譲渡制限の定めのない会社のことを会社法上は公開会社という(会社法2条5号・以下断りのない限り会社法の条文を指す)。

⇒ 発行されている一部の株式にだけ譲渡制限の定めがない場合も公開会社である。公開会社でない会社(講学上の非公開会社)となるのは,発行する株式すべてに譲渡制限がある会社のことである。

 

Q2 Bは,株主Aから,P社株式(株券発行会社・128条1項本文)を1万株譲り受けていたが,その名義書換を失念している。130条1項及び2項からすれば,「株式の譲渡は,その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し,又は記録しなければ,株式会社に対抗することはできない」とされる。したがって,Bは名義書換を失念し,P社の株主名簿に記載されていないのであるから,P社株主であることをP社に対抗することができない。

  ⇒1 株券発行会社とは,その株式にかかる株券を発行する旨の定款の定めがある株式会社という(117条6項かっこ書き)。

  ⇒2 株券発行会社は第三者に対しては,その株券の交付によって株主であることを対抗できる(130条1項,2項参照)。

 

Q3 P社においては,株主名簿における集団的法律関係の画一的処理の要請から,名義書換請求がされない限り,株式の権利の移転の存在を知っていたとしても,依然として名簿上の株主を株主として取り扱えば足りる(確定的効力[1])。しかし,株主名簿のこの確定的効力は,上記の要請に基づく会社の便宜に過ぎないのだから,会社が,自己の危険において,名義書換が未了であっても,基準日以前から株式を取得していた者を株主と認め,同人の権利行使を容認することは差支えないとされる[2]。これは130条1項の文言が「対抗できる」となっていることからも,会社が取得者を株主として取り扱うことを禁止まではしていないと読める。したがって,P社はAを株主として取り扱えば足りるところ,自己の危険において,Bを株主として取り扱うことができ,その際はAが株主であることを否定できる[3]

  ⇒ これについては本文参照。

 

Q4 ここで問題となるのは,Aに株主総会決議取消しの訴え(831条1項)の原告適格が認められるかどうかである。Aは株主たる地位に基づいて上記訴えを提起しているものと思われるが,P社がBを株主として取り扱っているのであれば[4],Aは株主にあたらないといえる。したがって,Aには原告適格が欠けるため,訴えは却下されることになる。

 

Q5 基準日後に株式が譲渡された場合,譲受人に議決権の行使を認めれば,基準日株主である譲渡人の権利を害することになる。本件でいえば,基準日後株主であるBに議決権を行使させることは,基準日株主Aの権利を害する。そうすると,P社がBを株主と認めることは124条4項ただし書き,124条4項本文より許されないと解される。したがって,P社はAを株主として扱わなければならない。この結果,Aは株主となるので原告適格を有し,株主総会決議取消し訴訟を追行することができる[5]

  ⇒ 一般に,会社が,基準日後に株式を取得した者[6]に議決権の行使を認めることは許容されている(124条4項本文)。基準日制度が会社の便宜のための制度にすぎないため,会社側から議決権の行使を認めることは差支えないからである[7]

 

Q6 権利行使の空白は許すべきではない。Aの権利行使を拒むのであればBに権利行使をさせ,その逆ならば,逆の権利行使を認めるべきである[8]

 

 Q7 裁量の濫用に当たるような株主選択は許されない。特に,株主平等原則(109条)による縛りはかかってくるので,これに反しない限度で会社は株主を選択できるに過ぎない。本件で基準日後の株式取得者Bを株主と扱うのであれば,画一的に基準日後の株式取得者を株主として扱うなどとする必要がある。

  ⇒ 109条1項について,109条2項の法意から閉鎖的な会社では必ずしも,株主平等原則が働くとはいえないため,上記結論が維持されるかはわからない。

 

(2)P社株式に譲渡制限の定めがある場合

 Q8 公開会社ではない会社という(2条5号反対解釈)。

  ⇒1 P社の定款には,「株式の譲渡による取得について取締役会の承認を要する」旨の定があるとの部分からわかる。

⇒2 譲渡制限株式については,107条1項1号(全部)及び108条1項4号(一部)参照。

  

Q9 P社の側からBを株主として扱うことはできない。譲渡制限株式の譲渡承認は,対会社関係においては株式譲渡の効力要件とされる。これは2条17号が「要する」との文言を使っていることからもそう解される。したがって,本件では取締役会の承認がない以上,対P社の関係でAB間の株式譲渡は無効であり,会社は譲受人Bを株主として取り扱うことはできない。

  ⇒ 設問のような考え方は許されない。確かに,137条1項や138条2号の規定からすれば,当事者間で株式譲渡は有効であり,会社との関係で問題となるにすぎないのであるから,会社の裁量で譲受人を株主と取り扱うことも可能であるとも思われる。しかし,会社法2条17号の文言があること,また,譲渡制限株式が会社にとって好ましくない者を会社経営に参加させないようにチェックするという趣旨にあることから,こうしたチェック機関として定められたものによる承認を経ずにかかる扱いをすることは許されないと解すべきである[9]

 

Q10 P社はAが株主であることを否定できない。

⇒ 判例[10]によれば,会社は承認のない譲渡制限株式の譲渡は会社に対する関係では効力を生じないのであるから,会社は譲渡人を株主として取り扱う義務があるとする。

 

Q11 P社の主張する法律構成としては以下のようなものが考えられる。すなわち,譲渡制限の制度は会社の利益保護のための制度である。会社が譲渡人を株主として取り扱わなければならないとすれば,会社にとって好ましくない譲受人の指示のもとで譲渡人が権利行使をするのを容認しなければならなくなる虞がある。そこで,会社は,譲渡人に対しては株主である実質的理由を失ったことを理由として権利行使を拒絶し,その一方で譲受人は譲渡承認未了を理由として権利行使を拒絶し,権利行使の空白を生じさせることになってもやむを得ないとするのである。

しかし,前記の通り,このような主張は許されない。

 

 

【設例1-2 従業員持株制度における売渡強制条項の効力】

(1)Bの主張

Q1 Bとしては,合意事項の民法90条違反,会社法156条1項違反,会社法127条違反を主張していくことになる。詳細については,下記参照。

 

(2)会社法156条1項違反

Q2 本件の従業員持株制度において,P社がBから株式を取得するについては自己株式取得制限の規制と抵触する虞がある。

株式会社が株主との合意により当該株式を有償で取得するには,あらか じめ,株主総会決議によって取得事項を決定する必要がある(156条1項,特定株主からの取得として考える場合については,164条1項,160条も参照)[11]。そうすると,この手続きが踏まれていない場合は,P社とBの間の合意は無効であると考えられる。しかし,この無効が主張できるのは会社だけである[12]。なぜなら,自己株式取得規制の趣旨は,会社財産の安全確保にある。その趣旨を全うならしめるためには,会社側からの主張のみを許せば良いからである[13]

  ⇒1,2はQ2本文参照

 

(3)会社法127条違反(または公序良俗違反)

Q3 会社と株主の間で従業員持株制度として売渡強制条項を設けることは,株式の譲渡(127条)を制限するものとして違法,無効であるとの見解もある。しかし,127条はそれ自体,株主が会社との間で契約によって譲渡制限や譲渡義務を生じさせることを禁止している規定ではない。この規定が目的としているのは,投下資本の回収のために譲渡を自由とすることである。逆に言えば,この投下資本の回収の要請がみたされるのであれば,違法ということはない。

本件規定は,少なくとも投下された資本分についてはその返却が予定さ れていることから,この投下資本の回収が妨げられているとまでは言えず,127条に反しない。したがって,適法であるため,Bは株式の引渡しを拒めない。

⇒1 判例は,一貫して従業員持株制度は,従業員の福利厚生と愛社精神の高揚にあり,127条違反ではないとする。そして,売渡条項についても,従業員が自由な意思で制度趣旨を了解して株主になった以上,当該条項は有効としている。そして,売渡の際の価格決定についても,おおよその場合に適法としている[14]

  ⇒2 無効説においては,投下資本の回収の機会を著しく制限するのは公序良俗に反すると主張している。

 ※補足

  従業員持株制度において検討すべき問題は,①従業員持株制度それ自体の適法性,②売渡条項の適法性(一種の譲渡制限),③売渡の際の価格決定の方式[15]の適法性である。①と②はほとんど重なる部分はあるが,③がある程度別個に問題になることは念頭に置いておいた方がいい。

 

 

【設例1-3 失念株】

(1)剰余金配当

Q1 上場会社においては,迅速な取引のために株券が発行されず,株式振替制度が採用されている。そこでは,基準日時点での株主について名義書換が一斉になされることから,失念株が生じないため,P社が上場会社の場合,設問のような事態は生じえない[16]

 ⇒1,2は本文参照。

 

 Q2 BはAに対し,配当金の取得が不当利得であるとして,不当利得返還請求をしていくことが考えられる。この点について,名簿上の株主が出損なしに得たものについては不当利得となり,名簿上の株主が出損して取得したものについては不当利得とならないと考えることができる[17]。なぜなら,名簿上の株主が出損して得たものについて失念株主の請求を認めると,その後の株価の変動等で名簿上の株主との間で株式の押し付け合い等,信義則に悖る事態が生じる一方出損なしで得たものについてそのようなことはないからである。

   そうすると,Aは単に名簿上の株主となっていただけで特に出損なしに配当を得ているのであるから,Bは不当利得であるとして返還請求ができそうである。

   しかし,配当は売買契約の目的物となった株式の法定果実と考えられる。そうすると,法定果実はまずは当事者の合理的意思解釈によってその帰属が決まり,不明な場合には民法575条1項を類推して,それは株式が完全に譲渡されるまでは譲渡人に帰属すると解すべきである。本件は,この合理的意思が不明な場合として,575条1項を類推適用し,譲受人Bが株主名簿の書き換えをして,会社への対抗要件を備えるまでは,その法定果実たる配当は譲渡人Aに帰属する。したがって,Aの配当の保持には理由があるため,Bの不当利得返還請求は認められない[18]

 

(2)株主割当てによる新株発行

 Q3 判例によれば,BはAに対し,不当利得の返還請求ができない[19]。その理由については,Q2で述べたとおりである。しかし,裁判例[20]においては不当利得返還請求が認められており,以下ではそれによって検討をする。

 

 Q4 BはAに対して,不当利得返還請求をすることになる。そこでは,AがP社から株式の割当てを受ける権利(202条1項)を付与され,Aがこれを受けて出資を履行したことによってAが新株の発行を受けているが,この株式の割当てを受ける権利の価値が新株に内包されているとみて,その権利を行使して,Aが株式を取得したことによって得たプレミアムの部分の価値がAの不当利得だとして,それを返還せよと主張することになると考えられる。

   新株の割当てを受ける権利については,本来譲受人たるBに帰属すべきものであるが,その権利をもって実際に出資したことによって得た株式はAのものと言わざるを得ない。そこで,BはAに対し,この新株の割当てを受ける権利を行使したことで,Aが得た株式の実際の価格と払い込み価格の差額のプレミアム価値の部分を不当に利得したと構成するのである。

   ここでその差額の計算は,新株発行時点での株価8万円を基準として,その払い込み価格5万円との差額3万円がプレミアム部分であり,Aは1000株の新株発行を受けているから,3000万円が不当利得となる。なお,株式の価値は現在9万円であるが,新株発行後の株価変動による損益は名義上の株主に帰属する[21]として,差額を4万円として計算することはできないと考えるべきである。さもないと,株価の高騰をまって請求を立てた譲渡人が不当に利益を得ることになるからである。

  ⇒1 通常の失念株は譲受人が様々な事情から故意に名義書換をせずに放置していることが多かったものであるから,そこでは譲受人は原則として民法703条の善意としてよい。

  ⇒2 本文参照。実際に株式を取得するために出損したのがAである以上,Aに帰属するとするのが正当。

  ⇒3 ここでは売却代金を基準に,その差額分の返還を求めることも考えられる。売却後の株式の価額の変動は問わないで売却価格とする。不当利得における衡平説の見地からも,株価の上下を勘案しておくのは妥当でない。

 

[1]確定的効力の説明につき,江頭憲治郎『株式会社法(第4版)』197頁以下。

[2]最判昭和30・10・20民集9巻11号1657頁。

[3] 130条1項の文言にもかかわらず,判例の見解に反対する説もある。そこでは,「権利行使の空白」が生まれるのではないかということが一つの批判として挙げられている。しかし,本文にあげたように一方を株主と扱わないのであれば,もう一方を株主と扱わなければならないと解せばよい。また,会社が都合の良い株主を選択するという批判がありうるが,ここまで恣意的な裁量が許されるとは考えられない。判例の結論でよいと思われる(前掲1・江頭・206頁註釈(15)参照)。

[4] P社がBに招集通知を発送していない場合は,Aを株主として取り扱っているとして提訴可能性を認めることも考えられる。

[5]前掲1・江頭・208頁註釈(3)参照。

[6]なお,本来この条文で念頭に置かれていたのは,株式の譲渡による取得ではなく,株式会社による基準日後の新株の発行である。もっとも,株式の譲渡についても条文の射程に含まれるとして適用を考えることになる。

[7]基準日制度が会社の便宜のためとはいえ,権利行使する株主を自由に会社が決められるわけではない。会社の株主の取り扱いについては,株主平等原則(109条)が働くからである。しかし,この原則も会社がすべての株式譲渡を把握できるような株主の数の少ない閉鎖的構造を持つ会社では,必ずしも適用があるとは言えない(109条2項も公開会社でない会社においてそのような取り扱いが許されるとしている)。

[8]もっとも,発行済株式のすべてについて,権利行使がなされることが期待できないことは,旧法下の無記名株券が発行された場合があることからも考えられる。また,発行済株式すべてにおいて,権利の空白を恐れて,利害関係のないものにまで権利行使を許すのは不合理であることから,権利行使の制限を認めることが考えられないこともない。

[9]名義書換未了株式と譲渡承認未了株式の差異については,伊藤他『LEGAL QUEST会社法(初版)』105頁以下参照。

[10]最判昭和63・3・1判時1273号124頁。

[11]無論,459条1項1号によって定款の定めをおける場合であれば,この定款の定めによって取締役会による決議を行うことでも足りる。

[12]これに対して,自己株式を違法取得した会社が無効を主張することは多くの場合期待できないとして,会社法の自己株式取得規制をした目的を達成させるために,相手方からの主張を認める見解もある。

[13]しかし,脚注12で示したように,違法を行った会社がその無効を主張することは期待し難い。そこで,株式を引き渡す前であれば,その違法状態は軽微なものとして,株式保有者が無効を主張することはできないが,株式を引き渡した後であれば,その違法状態が重大なものであるとして,株式を保有していたものに無効を主張させることを許してもよいと考えてはどうか。

[14]判例について,前掲1・江頭237頁註釈(5)参照。

[15]これについては,従業員が会社に勤めて会社の価値を高めたことで株式価値が高まったとすると,ここではキャピタルゲインが発生しており,本件のように取得価格で売渡が強制されるのはこのキャピタルゲインを無視することになり,実質的な投下資本回収の妨げとなるのではないかという問題がある。しかし,これについてはキャピタルゲインが発生した場合とキャピタルゲインが発生するどころか,取得時よりも株式価格が低下した場合でも取得時の価格で取得してもらえるとすれば,ある程度平仄はあっているとして違法とまではする必要はないのではないかと思われる。なお,前掲1・江頭237頁註釈(5)においては,「従業員持株制度が従業員福祉の制度である以上,株式保有期間の留保利益をまったく反映しない売買価格の定めの有効性には疑問がないではない」としている。

[16]上場会社における株式振替制度等については,前掲1・江頭184頁以下参照。

[17]最判昭和37・4・20民集16巻4号860頁,最判昭和35・9・1民集14巻11号2146頁。

[18]この見解は判例とは異なるので,その点留意していただきたい。判例については,前掲1・江頭204頁註釈(14)参照。

[19]考え方として(準)事務管理説もないではない。これによれば,株式の返還を求めることも考えられる。前掲1・江頭205頁註釈(14)参照。

[20]千葉地判平成15・5・28金判1215号52頁。前掲9・伊藤他106頁参照。

[21]前掲1・江頭205頁註釈(15),関俊彦「株式譲渡後の名義株主による新株・配当の不当利得」服部栄三先生古稀記念・商法における論争と省察550頁参照。