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3.代表行為と取引の安全(会社法事例演習教材[第2版])

 Ⅰ-3 代表行為と取引の安全

【設例3-1 代表取締役の専断的行為の効力】

(1)問題の所在(論理の組立て)

 Q1 保証契約の締結は,362条4項2号の取締役会の決議事項に当たり,本件ではその取締役会決議に,Bに対する招集手続の瑕疵がある。したがって,取締役会決議は,法の一般原則に従い,無効であり,それに基づくP社・R銀行間の保証契約も無効である,と主張することが考えられる。

 

(2)「多額の借財」(会社法362条4項2号)の該当性

 Q2 取締役会での決議が必要である「多額の借財」に当たるかどうかであるが,その「多額」性については,当該借財の額,その会社の総資産・経常利益等に占める割合,借財の目的及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断する[1]

そして,本件においてP社が行うのはR銀行に対するQ社の債務の保証であるが,保証も実質的には債務負担行為といえることから「借財」に当たる[2]。保証契約においては,保証する債務者の返済能力も多額性の判断材料となる。

そうすると,本件では,P社が保証を行うのは系列会社であるQ社の支援のためではあるが,当該保証の額が3億円であり,P社の総資産60億円の5%にも上る額であること,Q社は経営不振であるから確実な返済が望めないという意味でQ社の返済能力は低いと考えられること,保証債務なのでP者自身には全く資金の流入がないことから,総合的に判断すれば,これは多額の借財[3]に当たるといえる。

 

 Q3 Q2参照。

 

(3)取締役会決議の瑕疵

 Q4 取締役会の開催に当たっては,前取締役に出席の機会を与えるため,招集通知を発することが必要である(368条1項)。しかし,本件ではBに対してこれを欠いているため,取締役会の招集手続に瑕疵がある。

 

 Q5 手続的瑕疵がある場合は,特に株主総会決議と違って制度が設けられていないため,法の一般原則に従い,取締役会決議は無効とされる。

 

 Q6 判例によれば,「取締役会の開催に当たり,取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより,その招集手続に瑕疵があるときは,特段の事情がない限り,右招集手続に瑕疵ある取締役会の決議は無効」と解されている。これは取締役会が,個人的な信頼に基づき選任された取締役相互の協議・意見交換を通じて意思決定を行うものであるから,その招集手続の瑕疵により,取締役が決議に参加できないことは重大な瑕疵とされるからである。

   もっとも,取締役が出席してもなお決議の結果に影響はないと認めるべき特段の事情があるときは,瑕疵は決議の効力に影響を与えず,決議は有効になる[4]

 

 Q7 裁判例においては,通知を受けなかった取締役が名目的存在である時は,決議を有効と判断している[5]。したがって,本件のBが名目的存在といえるのであれば,決議に影響を与えないものとして,特段の事情があるといえる。

 

(4)本件取締役会決議が無効である場合の本件保証契約の効力

 Q8 判例[6]は,取締役会決議を欠く会社の取引行為について,会社内部の問題により取引の安全を害するのは妥当でないとして,原則有効としている。しかし,相手方が決議を経ていないことについて,悪意又は有過失といえる場合には,それは保護に値せず,無効になるとしている[7]

  ⇒1 代表取締役の専断的行為の効力について,判例や学説が349条5項を根拠としていないのは,取締役会決議を経ていないと代表取締役の行為に法的根拠がないとされるのは,法令上の権限の制限であるからである。定款や事実上の制限と異なり,法令上の制限については,相手方に相応の注意義務が課され,無過失と認められるために調査義務を果たしたことが必要となる[8]

⇒2 取締役会決議を欠く代表取締役の行為の無効は,会社のみが主張することができる。362条4項や356条1項,365条1項の取締役会決議の趣旨は,会社の利益を保護するためにあるからである。

  判例[9]においても,取引の無効は原則として会社のみが主張することができ,会社以外の者は,当該会社の取締役会が無効を主張する旨の決議をしているなど特段の事情がない限り,これを主張することができないとする。

 

 Q9 R銀行が,P社の本件取締役会議事録の写しを徴求しているが,これによってR銀行は取締役会にBが参加していないことがわかるのであり,過失があるといえるのではないか。しかし,当該議事録の写しでは,Bは招集通知が発されたにもかかわらず欠席したのか,通知がなかったから出席できなかったのかということについてまでは看取できない。したがって,R銀行はこの招集手続の瑕疵について,悪意・有過失とまでは言えず,結論に影響が出るとは思われない。

 

 

【設例3-2 株主総会の承認を欠く事業譲渡の効力】

(1)事業譲渡(会社法467条1項)の意義

 Q1 判例[10]において,事業譲渡とは「一定の事業目的のために組織化され,有機的一体となって機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し,これによって譲渡会社がその財産によって営んでいた営業活動の全部または重要な一部を譲受会社に受け継がせ,譲渡会社がその譲渡の限度に応じ,法律上当然に競業避止義務を負うもの」を指すとされている。したがって,①客観的意義の事業の移転,②事業活動の移転,③競業避止義務の負担を事業譲渡の要件としているものと思われる。

 

 Q2 江頭884頁註釈(1)によれば,「判例は,譲渡会社の競業避止義務に言及し,学説の中にも,当該競業避止義務により譲渡会社が当該事業の継続ができなくなる点が重要であるとして,その義務の存否が株主総会決議の要否の決定的基準であると解するものがあるが,会社21条の競業避止義務は範囲が限定され(同条3項),その義務を負担しても必ずしも会社の目的の変更につながるものではないから,そう解すべき理由はない。しかし,譲渡会社が競業可能な範囲でも譲受人に譲渡した得意先を奪い返すことは禁じられていること(同条3項),および,会社22条-24条(商16-18条)はすべて対取引先関係を規律する規定であることに鑑みると,得意先関係の移転があることは,会社21条以下の事業譲渡に該当するための不可欠の要件と解される。」としており,467条1項と21条1項は異なるとも考えられる。しかし,「事業の譲渡」という文言の法解釈の統一性,および取引の安全性を図るためには,同義であると解すべきと思われる。

 

(2)本件契約の「事業の譲渡」該当性

 Q3 本件で対象となる物件は,P社が保有していた甲ゴルフクラブにかかる積極財産のすべてであり,譲渡時においてP社の総資産の3分の2を占めていること,ゴルフ場運営についてのノウハウをQ社に提供していることから[11],「一定の事業目的のために組織化されて有機的一体として機能する財産」といえる。

 

 Q4 「事業の譲渡」について,Q1にあげたような三要件を三位一体でとらえるのであれば,③の要件を欠くことになり,これは「事業の譲渡」に当たらないことになる。しかし,この③については,補完的にみるべきであり,わざわざ当事者が競業避止義務を負わないとした場合にまで,これを必須の要件とすることはない[12]。したがって,このような場合でも「事業の譲渡」に当たる。

 

 Q5 Q3参照。

  ⇒ Q3参照。

 

(3)本件契約の有効性

 Q6 「事業の譲渡」について,競業避止義務を要件とするのであれば,本件ではP社がこの義務を負わないため,「事業の譲渡」に当たらず,467条1項より株主総会の特別決議(309条2項11号)を経ることは必要でなく,取締役会の決議事項である重要な財産の処分(362条4項1号)として,その決議を経たのであるから,契約は有効となる。

   しかし,競業避止義務を補完的に考えるのであれば,これは「事業の譲渡」に当たる。そうすると,株主総会決議を欠いており,事業譲渡のその取引規模の大きさから株主の被る不利益を勘案すれば,原則として無効となるというべきである[13]

 

 

【設例3-3 代表権のない取締役による代表行為】

(1)代表取締役の選定・解職

 Q1 Aに対して招集通知を行わなかったことは,取締役会決議における手続的瑕疵(368条1項)として無効事由に当たる。

  ⇒ Aの解職にかかる決議においては,Aは一切の私心を取り払って会社に対する忠実義務を果たして議決をすることは難しいため,特別利害関係人に当たる。

 

 Q2 招集通知がなされなかった取締役が出席したとしても,決議に影響を与えないような特段の事情が認められる場合には,会社運営の便宜の観点から,招集通知を欠いていたとしても,取締役会決議は有効となる[14]

 

 Q3 特別利害関係人に当たるAには,仮に招集通知をしていたとしても,当該決議には出席する権利すらないのであるから,決議に影響を及ぼしていたとは考えられない。したがって,Aの解職決議については特段の事情が認められ,本件取締役会決議は有効である。

 

(2)代表取締役選定会議の瑕疵と代表行為の効力

 Q4 本件取締役会決議が無効である場合,Bはそもそも代表取締役でなかったこととなり,代表権(349条1項ただし書き)を有しない。そうすると,代表権を有しないBの行った行為は,無権代表行為であり,P社に効果帰属しない。

 

 Q5 354条を援用することができる。確かに,354条は当該取締役に代表権がないことを会社が知りながら代表権があるかのように名称を付した場合の規定であるから,代表権があると思って会社が当該取締役を代表取締役としていたような場合には,直接の適用をすることは難しい。しかし,取引の相手方から見れば,会社は一旦その者を外観上代表取締役として扱っているのであるから,禁反言の法理(民法1条2項)から見ても,その類推の基礎がある。したがって,Q社は354条を援用して,P社からの請求を拒むことができる。

  ⇒ 本文参照。

 

 Q6 Q社は908条2項を援用して,P社の請求を拒むことができる。この908条2項の趣旨は,不実の登記を行った者は,その事項が不実であることを善意の第三者に対抗できないとすることで,正確な登記を促し,登記一般の信頼を保護するという点にある。そうすると,Q社はBを取締役を登記している以上は,これによってBが代表取締役として取り扱われる結果,P社の請求を拒むことができる。

  ⇒ 権限のないBによる登記であることをどう考えるかである。これについては,少なくとも取締役会の過半数で賛成されたうえで登記がなされたのであれば,瑕疵自体は軽微なものであるとして,取締役会決議は有効であり,それに基づく登記も有効と解される。

 

 Q7 908条2項を禁反言に基づくものとしてみると,不実の登記をした会社は原則としてこれを善意の第三者に対抗できないと考えられる。しかし,これを表見法理に基づくものとしてみるのであれば,登記簿への信頼までが必要となるものと考えられる。したがって,この点の理解による。

 

[1]前掲1・江頭386頁註釈(3)参照。

[2]保証契約については,脚注39の江頭記載においては単に借財に当たると書いてあるだけだが,本文記載の観点から借財に当たるとの理由づけが考えられる。

[3]仮に多額の借財に当たらないとされても,362条4項柱書にいう「その他の重要な業務の執行」に当たると考えられる。

[4]脚注38参照。

[5]しかし,会社の一事のときは発言をすることもあるのであり,名目的存在=特段の事情というストレートな結論は出すべきではないと思われる。

[6]最判昭和40・9・22民集19巻6号1656号。

[7]これは民法93条ただし書きの類推適用だといわれる。ほかに悪意の抗弁や354条類推等の見解もあるがここではおく。

[8]前掲1・江頭401頁註釈(3)参照。

[9]最判平成21・4・17民集63巻4号535頁。

[10]最判昭和40・9・22民集19巻6号1600頁。

[11]単なる事業用財産又は権利義務の集合の譲渡は,「一定の事業目的のために組織化されて有機的一体として機能する財産」には当たらず,譲渡会社の製造・販売等にかかるノウハウ等の譲受人による承継が必要である。前掲1・江頭884頁註釈(1)参照。しかし,ノウハウの移転というのは,事業活動の移転として考えるべきではないかという疑問。

[12]しかし,これに対しては,競業避止義務を負うからこそ,会社にとって重要な案件となり株主総会の特別決議を要するのであるから,これは必須の要件であると考える見解もある。

[13]これについて,事業譲渡も単なる取引行為であるから,重要な財産の処分(362条4項1号)と法律行為の性質は同じであることを理由といて,民法93条ただし書きの類推適用を考える見解もある。しかし,株主総会決議を必要とした趣旨に鑑みれば,その重大性から単なる相手方の善意等で保護をするのは妥当でない。

[14]設例3-1Q6参照。