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4.競業取引・利益相反取引(会社法事例演習教材[第2版])

 Ⅰ-4 競業取引・利益相反取引

【設例4-1 取締役の競業取引】

(1)競業取引の該当性

 Q1 356条1項1号は「取締役が自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」(以下,「競業取引」という。)と定めている。ここでいう「取締役」とは,業務執行に関与する代表取締役又は代表取締役以外の業務執行取締役のみならず,すべての取締役が含まれる。「自己または第三者のために」について,それは自己または第三者が実質的な損益の帰属主体になることを言う[1]。競業の承認を得ることを懈怠することの効果は,取締役・第三者の得た利益の額を会社の損害額と推定すること(423条2項)にあるから,かく解すべきである。そして,「事業の部類に属する取引」とは,競業であり,会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引である[2]

   本件では,大阪府を中心とする近畿一円で,冷凍食品の製造・販売をしているP社と,京都府で冷凍食品を販売しているQ社の間の比較をすれば,明らかに上記視点からは競業取引に当たる。

 

 Q2 競業取引をするためには,株主総会において,当該取引について重要な事実を開示して,その普通決議(309条1項)での承認を受けなければならないとされている(356条1項本文)。もっとも,本件でP社は取締役会設置会社なので,365条1項により,その決議は取締役会決議で足りるとされる。したがって,本件でAはQ社に代表取締役への就任[3]について,重要な事実を開示して,P社取締役会決議を経る必要がある。

 

(2)取締役会の承認

 Q3 本件で,Aは取締役会で承認を受けるにあたり,Q社が冷凍食品の販売業を行う会社である旨を告げたにすぎず,その規模や,取引範囲等を説明しておらず,会社に損害を与えるおそれのある競業取引であるとして取締役会がその承認をするかどうかの判断をするための材料として充分であったとは言えない。したがって,重要事実の開示[4]があったとは言えない。

 

 Q4 この場合は取締役会においてその決議をするための前提に瑕疵があるとみて,法の一般原則に従い,この取締役会決議は無効となる。

 

 Q5 事前の開示によって,競業取引規制の趣旨がみたされていると考えられるのであれば,これによって重要事項の開示がなされていたといえる。しかし,これらは過去の情報なので変動も生じうる。そうすると,この変動を考慮すべきか,重要事項に当たるかどうかで結論が変わりうる。

 

(3)P社の救済(取締役会の承認がない場合)

 Q6 取締役が競業取引規制に関する承認を得ないで当該取引等をした場合は,その取引等によって当該取締役又は第三者が得た利益の額を会社に生じた損害額と推定される(423条2項)。そこでP社はAに対して,AないしQ社があげた利益を損害額として,Aの任務懈怠責任に基づく損害賠償請求をすることができる(423条1項)。

 

 Q7 任務懈怠とは,役員等に課せられた法定の義務に反することを言う。そして,取締役には法令遵守義務[5]が課されている(355条,330条,民法644条,)。Aは取締役会決議なしに競業取引を行っているので,これは356条1項1号および365条1項の法令違反がある。したがって,取締役はこの法令違反があるので,任務懈怠があるといえる。

 

 Q8 423条2項より,Q社が冷凍職位品販売で得た利益の額が損害額として推定される[6]

  ⇒1 Aとしては推定を覆す立証活動をすることになる。

  ⇒2 少なくとも,AないしQ社のあげた利益をP社の損害と推定するだけであり,これ以上の部分,過剰部分については,P社が積極的に主張・立証することで損害の賠償を求めえる。

 

 Q9 民法646条1項前段の規定の類推ないし趣旨からして,委任の本旨に従って株式の引渡しを認めた裁判例[7]がある。すなわち,AはP社との間で子会社の設立という委任を受けていたとして,その履行として,競業会社足るQ社の株式を引き渡せと請求することとなる。しかし,本件では,AがQ社の買収をするようにP社取締役会において提案したのに対して,P社取締役の多数は。この事業拡大に対しては消極的であった。また,裁判例のようにAがワンマン社長としてP社の事業を思うが儘に決めていたというような事情もない。したがって,そのような委任があったとはいえず,引渡し請求は認められない。

 

(4)P社の救済(取締役会の承認)

 Q10 P社はAに対して,423条1項の責任追及をしていくことになるが,ここではAに356条1項1号,365条1項違反の法令違反はないので,423条2項によって,損害額の推定をすることはできない。P社は損害を積極的に立証して,上記の責任追及をしていくことになる。

 

 

【設例4-2 親子会社と競業取引・利益相反取引】

(1)競業取引

 Q1 「事業の部類に属する取引」については,設例4-1のQ1参照。ここではS社とP社はともに中部地方において,和菓子という同種の商品の販売を事業として行っており,これは「事業の部類に属する取引」にあたる。

 

 Q2 本来的には取引への承認なので,代表取締役の就任への承認は必要ではない。しかし,個々の取引について承認を得るのは煩瑣なので,包括的な承認を与える趣旨で代表取締役への就任について承認を得ればよい。脚注55参照。

 

 Q3 S社の代表としてAが取引をし,P社においてもAがそれを代表しているときに承認が必要となる。

 

 Q4 脚注56参照。

 

 Q5 369条2項の趣旨は,善管注意義務(330条,民法644条)忠実義務(355条)を予防し,会社の利益を守る点にある。そうすると,ここでいう特別利害関係人とは,会社に対する善管注意義務・忠実義務を果たすことが期待できないものをいう。本件では,AがS社の代表取締役となることで,P社の営業ノウハウや取引先等の業務上知りえた情報を用いて,P社の損害においてS社の利益を図ることが考えられる。したがって,Aは特別利害関係人にあたる。

 

(2)利益相反取引

 Q6 S社という第三者のために行う利益相反取引(356条1項2号)に当たるので,重要事項を開示して,取締役会の承認(365条1項)を得なければならない。

 

 Q7 S社側では何ら手続を踏む必要がない。直接取引(356条1項2号)の規制の対象は,会社の取締役が当該会社と取引をする場合である。S社の代表取締役Aは,Aが取締役を兼任しているP社と取引を行ったとしても,P社を代表するのはP社代表取締役である。また,自社の代表取締役が,競業会社の取締役を兼任している場合に,直接取引に当たるとすれば,あまりに直接取引の範囲が広がりすぎて妥当でない。したがって,本件ではS社において手続きを踏む必要はない[8]

 

(3)完全子会社である場合

 Q8 親会社と完全子会社の間においては,利害対立のおそれがないため競業取引規制は及ばない[9]。したがって,(1)(2)両方において,承認決議は不要である。

 

(4)持株比率の変化

 Q9 356条1項の「重要な事実の開示」について,持株の比率が関係する。最初はP社がS社について,80%の株式を保有しているため,特別決議すらP社ですることができたものであった。しかし,50%となったところでは過半数に至らず,支配力がかなり弱まっているといえる。そうだとすれば,S社は従前と異なった性格になったといえるので,P社としてはもう一度「重要な事項」について開示をして,承認を得る必要があると考えられる。

 

 

【設例4-3 間接取引】

(1)間接取引の該当性

 Q1 間接取引規制(356条1項3号)は,会社・第三者間の取引であって外形的・客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生ずる形の行為について,会社を代表する者が当該取締役であるか否かにかかわらず,株主総会(356条1項柱書)ないし取締役会の承認(365条1項)を要するものである。本件では,Aが代表取締役をしているR社において,Aが同様に代表取締役をしているQ社の債務の連帯保証をしようとしている。これは356条1項3号にいう間接取引にあたる。

 

(2)取締役会の承認

 Q2 Aが特別利害関係人にあたる(369条2項)。したがって,Aが参加した取締役会決議は無効であり,ここでは承認がなかったといえる。

  ⇒1 Aを取締役会から退席させ,その決議においてもB・C出席のもとで両者の賛成を得る必要がある。

  ⇒2 AとBが特別利害関係人にあたるので,⇒1と同様に考えて,C出席のもと,Cの賛成によって決議をする必要がある。

 

(3)本件連帯保証契約の効力

 Q3 判例によれば,取引安全の見地から,当該取引が利益相反取引に該当すること,および株主総会決議・取締役会決議による承認を受けていないことを第三者が知っていることを会社が主張・立証することで,会社は第三者に無効を主張できる[10]。したがって,RはS社に対して,上記事情を主張・立証して無効を主張することはできる。

  ⇒1 「悪意」とは,利益相反取引に該当すること,承認決議がないことである。

  ⇒2 重過失も含まれるとすると,議事録が交付されているPに重過失があったのではないかという問題がある。すなわち,特別利害関係人にあたるAが議事に参加していることが議事録から看取できるので,これをどう評価するのかというところにつながる。

 

 

【設例4-4 競業取引・利益相反取引規制の適用範囲】

(1)非営利的行為

 Q1 競業取引規制は,会社のノウハウを用いて,顧客を奪い,会社に損失を与えることを防止する点にその趣旨がある。そうだとすれば,営利行為でなくとも会社を害することはありえるので,356条1項1号は営利行為であることを要さない。

 

(2)会社の機会の奪取

 Q2 P社は自動車販売を業としているところ,Aの土地購入は,自動車販売の補助行為とまでしかみることはできず,P社と取引の目的物が競合しているということはできない(356条1項1号には抵触せず)。

   また,AはP社と直接取引をしていない(356条1項2号に抵触せず)し,取引を行っているのがA自身であることから間接取引でもない(356条1項3号に抵触せず)。

したがって,Aの行為は356条1項に違反しない。

 

 Q3 会社が購入しようとしていた土地をAが購入したことによって,P社が土地を購入する機会[11]が奪われている。これが会社の調べた情報を用いた不当なものであると評価できるのであれば,善管注意義務・忠実義務違反に基づく任務懈怠責任(423条1項)の追及は考えられる。

 

(3)従業員の引き抜き

 Q4 Q2と同様に考えれば,356条1項には違反せず。

 

 Q5 Aが在職中であれば,取締役の退任の事情,退職した従業員と取締役の関係,人数等,会社に与える影響の度合いを考慮して,不当な態様となるものが忠実義務違反になるのでその点を検討する必要がある。忠実義務違反となるのであれば任務懈怠になるので,423条1項による責任追及が考えられる[12]

 

(4)取引の実質的公正

 Q6 取締役Aは自己の名義において会社から本件土地を1億円で買い受けているので,本件売買は直接取引規制(356条1項2号)にあたる。しかし,本件土地は不動産鑑定士によって1億円との評価をされており,Aはその価額で買っている。このような公正な価格で買っているのであれば,会社が害される虞がないので,取締役会の決議(365条1項)が不要ではないか。

   この点について,具体的取引が会社にとり公正・合理的で会社を何ら害さないときには承認を要さないとの見解がある[13]。しかし,このような公正・合理的であるかどうかは,ある程度幅のある概念である。そうすると,ここではむしろチェックをすべきであるから,承認決議が必要であると解すべきではないか。したがって,本件買受は356条1項2号違反があるといえる。

 

(5)別の代表取締役による代表

 Q7 Q社を代表しているのはBであるから,これはP社取締役がQ社を代表したわけではないので,直接取引(356条1項2号)には該当しない。この事実に関してはP社の承認の決議は不要である[14]

 

(6)取締役が株式の過半数を有する他者との取引

 Q8 P社取締役Aが,Q社の過半数の株式を有していたとしても,AはQ社の代表取締役ではない以上,直接取引(356条1項2号)には該当しない。しかし,取締役が取引相手となる会社の過半数の株式を保有している場合には,取締役が会社の利益を犠牲にして,自己の利益を図らないとも言い切れない。実質的に見れば,直接取引に該当するというべきである。したがって,本件買受にはP社の取締役会の承認決議が必要である[15]

 

[1]利益相反取引(356条1項2号,3号)にも同様の解釈問題がある。対立しているのは,自己または第三者が権利主体となる名義説と,自己または第三者が損益の帰属主体となる計算説であるが,競業取引についてはおおよそ後者で定まりつつある。

[2]以上の文言解釈については,前掲1・江頭408頁参照。

[3]本来的には取引が対象であるが,個別の取引を特定することも煩瑣なので,ここでは包括的承認として代表取締役への就任を決議事項としている。

[4] 356条1項柱書にある「重要な事実」とは,競業取引が会社に及ぼす影響を判断するために必要な情報であり,単発の取引であれば目的物・数量・価格・履行期等をさすが,競業会社の代表取締役に就任する等のため包括的な承認等を得る必要であれば,当該会社の事業の種類・規模・取引範囲等を開示すべきことになる。前掲1・江頭409頁註釈(3)参照。

[5]ここに一元説と二元説の対立がある。本件でいえば,競業取引規制という法令違反が直接に任務懈怠となるのか(二元説),この法令違反行為が善管注意義務(330条,民法644条)・忠実義務(355条)違反となり,任務懈怠となるのかという違いである。この点については,任務懈怠と過失を同一のものとして捉えると,一元説に結びつきやすい。しかし,428条の規定振りからすれば,これは423条1項において任務懈怠と過失を区別するものと考えられる。したがって,二元説が妥当ではないか。

[6]推定規定の意義はどこにあるのか。これは通常賠償請求においては,会社に損害が出た額だけ賠償が認められるのであるが,競業取引のような場合においてはこの立証が困難であるため,この立証の負担を軽減するために推定規定があるのである。

[7]東京地判昭和56・3・26判時1015号27頁。

[8]前掲1・江頭413頁。

[9]これは株主全員の同意としてみることもできる。最判昭和49・9・26民集28巻6号1306頁。

[10]相対的無効説。前掲1・江頭417頁参照。

[11]会社の機会の奪取について,前掲1・江頭410頁参照。

[12]従業員の引き抜きについては,前掲1・江頭412頁参照。

[13]前掲1・江頭414頁註釈(3)参照。

[14]前掲1・江頭414頁註釈(2)参照。

[15]前田雅弘「取締役の自己取引」龍田節先生還暦記念・企業の健全性確保と取締役の責任304頁,前掲1・江頭414頁註釈(2)参照。