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5.取締役の報酬(会社法事例演習教材[第2版])

Ⅰ―5 取締役の報酬

【設例5-1 取締役の報酬に関する所論点】

(1)株主総会決議で定められた報酬総額の上限

 Q1 公開会社において,各事業年度に支払われた報酬の総額は,事業報告(435条2項)の形で株主に報告される(437条,442条1項1号)。そして,公開会社においてはこの事業報告書に株式会社の会社役員に関する事項(施行規則119条2号)として,施行規則121条3号,4号の記載がなされることになる。そこで,会社が施行規則121条3号ロの事項を記載することを選択すれば,各取締役の報酬額について記載がなされることになる。したがって,これを閲覧すればよい[1]

⇒ 過去の事業報告については,本店に5年間は保存されているので(442条1項1号),この閲覧を請求すればよい(442条3項)。

 

 Q2 以前の株主総会決議による取締役の報酬決定であっても,これが361条1項の趣旨たるお手盛り防止の観点からなされたものであった以上,その上限を定めるものは有効であると解される。

  ⇒ これらについては,少なくとも,P社の取締役の人数が減少していたとして,その上限が人数に応じる形で設定されていれば問題はない。また,業績悪化についても,それをどの程度のものとなれば問題とすべきか明確ではないし,報酬決定自体が業績向上も業績悪化も織り込み済みであることがある。そうすると,これらが違法ということは難しい[2]。もっとも,人数の減少が著しいとか,業績悪化が著しく報酬上限が明らかに過大であるといえる場合に取締役会が何も策を講じないのであれば,P社に対する善管注意義務,忠実義務違反として任務懈怠の責任を問うことは考えられる。

 

(2)使用人兼務取締役の報酬

 Q3 使用人としての給与が取締役報酬とは別口で支払われることが株主に開示されていない場合,その使用人としての報酬を多めに計上することで取締役の報酬規制(361条)を潜脱することになりうるという問題点。

 

 Q4 361条1項の規制の趣旨は,過大な報酬が取締役によって決定されることで株主の利益を害するというお手盛りの危険に対処するという点にある。そのために,361条1項は,株主と取締役が利害対立する取締役の報酬総額については株主総会決議によらなければならないとしている。そうすると,使用人兼務取締役において,使用人の給与体系が明らかになっているのであれば,このような危険は生じず,別異に解する理由はない。したがって,取締役報酬についての株主総会の決議を経ていればよい。

   しかし,使用人としての給与体系が明らかになっていないのであれば,上記危険が生じる虞があるので,その使用人としての給与と取締役の報酬をともに株主総会決議に服させるか,使用人報酬の開示をしなければならない[3]

 

 Q5 この場合は,Q4で前述の通り,361条の規制を潜脱することとなり違法である。そうすると,6億円への報酬総額の引き上げの決議は無効[4]であり,現在も報酬総額の上限は5億円である。したがって,今回支払われた取締役報酬総額の5億5000万円のうち,5億円を超過する5000万円は取締役各自の不当利得となる。これによって,取締役は各自案分して250万円の不当利得返還義務を会社に対して負う。

   なお,使用人給与として支払われた7000万円については適法な支出であり,取締役は何ら返還義務を負わない。

 

(3)各取締役の配分

 Q6 まず,株主総会決議で取締役の報酬の上限を決めて,具体的な配分を取締役会に委ねることは,361条1項の趣旨に照らして許される。そして,この具体的な配分を取締役会で代表取締役に一任することも,361条1項の趣旨に反せず許される。なぜなら,具体的な配分については取締役間における利害対立を生じたとしても,株主との利害対立が生じるものではなく,361条1項の規制には抵触しないからである。

  ⇒ 代表取締役に一任する決議を,通常の取締役会の決議(369条1項)で行ってもよいかであるが,これは通常の業務執行(348条1項)と異なるところはないので許される。これに対して,取締役相互の利害対立が生じるので,不当に低額な報酬を決定されることで少数派の取締役が害される虞があるので,取締役全員の同意による決議である必要があるとの見解もある。

 

(4)報酬総額等についての説明義務

 Q7 取締役等は株主総会において,株主から特定の事項について説明を求められたとき,必要な説明をしなければならない(314条1項,施行規則71条)。314条1項ただし書きより,議題に関連しない事項の場合はこの限りではないとされるが,6億円から7億円への報酬の引き上げは,361条1項の決議事項として議題に関連する。もっとも,必要な説明は本件のような事業報告書の閲覧等の指示で足りる。

 

 Q8 報酬総額の引き上げと前年の各取締役への配分額は議題との関連性を有しないから,説明義務違反とはならない。

 

 

【設例5-2 株主総会決議なしに支払われた取締役報酬の効果】

 Q1 根拠[5]としては,423条1項に基づく損害賠償請求権が考えられる。すなわち,361条1項の取締役の報酬規制についての株主総会決議を経ない報酬の支払いは,代表取締役の違法な業務執行であり,任務懈怠を構成する。これによって,生じた損害が1億2000万円であるとして,Dは423条1項に基づく損害賠償責任を株主代表訴訟(847条1項)によって請求していくことになる。

 

 Q2 平成11年から平成21年までの取締役報酬の支払いについて,361条1項の規制の手続きを履践しておらず,原則論としては違法として,これは全額支払わなければならないものといえる。しかし,取締役の報酬規制はお手盛りを防止し,会社の利害,ひいては株主の利益を保護するためにあるのであるから,取締役A・B・Cが会社の株式を全部保有していた平成11年から平成17年までは実質的に取締役会の決定が全株主の決定であったといえるため,これを361条1項違反として違法とする必要はない。一方で,Dが株主として加わった平成18年以降は上記の状況とは異なることになったので361条1項違反として違法となる。したがって,その間の報酬については返還しなければならない。

 

 Q3 ①の考え方については,最判平成15年2月21日金判1180号29頁[6]以下が明確に否定している。②の考え方については,弥永リーガルマインド147頁脚注74参照のこと。

 

 Q4 361条1項の趣旨からすれば,事後的に株主総会の決議があれば,決議内容等に照らして会社法の規定を没却するような特段の事情がない限り,当該報酬等の支払いは361条1項に反しないとする判例[7]がある。ここでいう特段の事情とは,事後的に報酬支払いを有効とするつもりで,お手盛りをしていた取締役等が株式を買い集め,支配株主等になって議決をする場合などがある。

 

 

【設例5-3 取締役報酬の減額】

 Q1 取締役の具体的な報酬額については,一般に,取締役と会社の間で締結される委任契約[8]民法648条)としての任用契約によって決まる。

 

 Q2 Q1で述べた様に,取締役の報酬については任用契約の内容である。そうすると,その減額というのは任用契約の事後的な変更に当たる。これについては,判例[9]によれば,「当該取締役の職務内容に著しい変更があっても,同人の同意のない限り,株主総会決議によっても右報酬等の額を減額することはできない」としている。株主総会の議決といえども,それは会社の意思決定機関の一方的意思に過ぎない。会社と取締役の間の契約について,一方当事者の意思のみで契約が変更できるとすることは,契約原理に反する。したがって,議決による減額は有効ではない。

 

 Q3 取締役の報酬がその職務内容に連動して決まるという慣行がある会社においては,「当該報酬等の定め方,慣行を領置したうえで取締役に就任したものは,任期中の役職の変動に伴う報酬等の減額に黙示に同意した」ものとされる裁判例[10]ある。したがって,これに従えば黙示の同意があるものとして減額も有効である[11]

 

 Q4 本件においては,判例によれば,同意はない以上減額は許されない。

 

 Q5 P社とXとの間の任用契約においては,Xが常勤取締役として職務を行うことが可能であることを前提の報酬額の決定がなされていたと考えられる。そうすると,入退院の繰り返しで常勤の取締役の職務を行うことができないのであれば,任用契約における合意の内容からして,非常勤取締役に降格することにも正当な理由があるといえる。そして,このときは339条2項に準じて,正当な理由がある報酬の減額として,Xの報酬の減額も有効であると考えられる。

 

 

【設例5-4 退職慰労金の不支給】

 Q1 退職慰労金は,終任した取締役に対し支払われるものであるが,在職中の職務執行の対価として支給される限り,報酬等の一種であり,取締役の報酬規制(361条1項)に服する。報酬規制に服さないとすると,退職慰労金を取締役会で支給する慣行が残り,現職の取締役において自身が退職するときのことを考えてお手盛りをする危険性もある。実質的にも361条1項の規制に服すると考えるべきである。

 

 Q2 退職慰労金の支給については,支給基準が株主に推知できる形で,その支給基準に従って額を決定することを取締役会に委任する趣旨を株主総会で議決する。通常の報酬の場合は,株主総会決議によって報酬の総額の上限を決定して,その具体的配分を取締役会に委ねる旨の決定を為されることが多いが,退職慰労金の場合は,上限が決定されても,退職者が一人の場合はその具体的な支給が明らかになってしまい,個別な報酬を明らかにしたくないという日本の文化にそぐわないからである。

   このような議決は361条1項の規制の趣旨を潜脱していないかという点が問題となるが,この点については,退職慰労金の場合は,退任取締役は自らの退職慰労金の額を決定する取締役会決議には加わらないため,考えられるお手盛りの危険は,在職中の取締役において将来自身が退職する場合に備えて高額な退職慰労金を支出する慣行を作り出しておくといった間接的なものにとどまる。したがって,361条1項の規制も緩やかに解してよいから,潜脱にはならないと解される。

 

 Q3 退職慰労金内規①によると,取締役在任期間によって退職慰労金の額をおおよそ定まりうるから,本件の株主総会決議によって報酬請求権は発生するとも考えられる。しかし,取締役会によって退職慰労金内規②,③により基本慰労金からの増減額がある以上,具体的な報酬額は決まっておらず,報酬請求権は発生していないとみるべきである。

 

 Q4 株主総会決議によって退職慰労金を支給することを議決しているにもかかわらず,取締役会において具体的な退職慰労金額の決定をしないということは,取締役の善管注意義務・忠実義務(民法644条,330条,355条)違反であり,任務懈怠を構成するとして,429条1項により,Xは損害賠償請求[12]をすることが考えられる[13]

 

 Q5 判例によれば,定款・株主総会決議による額の決定がない限り,会社に退職慰労金支払いの義務はないとされるため,この場合は,Xは何らの救済を求めることもできない。

しかし,オーナー取締役が退任取締役に対し,事前に支給約束をしていた場合は,当該オーナー取締役は株主総会で決議を成立させる旨の一種の議決権拘束契約を退任取締役との間で締結したとみることができ,その義務を懈怠すれば債務不履行責任(民法415条)を問うことができる[14]

 

[1]なお,上場会社においては,金融商品取引法に基づいて,1億円を超える報酬を受ける取締役はその旨が記載されることになっている。

[2]株主提案権(303条)による変更を考えることはできる。

[3]前掲1・江頭423頁註釈(5)。

[4]法令の内容自体に反しているので取消事由にとどまらず無効事由となるとのこと。法令違反も取消事由であるが(831条1項),ここはその程度問題として無効になるとみたとおもわれる。

[5]ほかに不当利得(民法703条)等の構成も考えられる。このとき,Dは株主たる地位でそれを請求していくことになると思われるが,株主代表訴訟において不当利得等の返還請求ができるかという問題がある。これについては,Ⅰ-10で扱うが,取締役等のなれあいによって責任追及がなされない虞があるのは,423条1項等の責任に限られないので,不当利得による場合でもこれを追及していくことはできると考えられる。

[6]判旨を引用すると,「その額が社会通念上相当か否かにかかわらず…株式会社の取締役においては,定款又は株主総会決議によって報酬の全額が定められなければ,具体的な報酬請求権は発生せず,取締役が会社に対して報酬を請求することはできないというべきである。けだし,商法269条(現会社法361条)は,取締役の報酬額について,取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止するために,これを定款又は株主総会決議で定めることとし,株主の自主的な判断に委ねているからである」としている。

[7]最判平成17・2・15判時1890号143頁。

[8]委任は原則無償であるが,有償である旨が黙示に合意された任用契約とみる。

[9]最判平成4・12・18民集46巻9号3006頁。

[10]東京地判平成2・4・20判時1350号138頁。

[11]ほかに,取締役が解任される場合においても,「正当な理由」がない限り損害賠償として従前の報酬相当額について取締役は報酬を受けられる(339条2項)のであるから,職務内容の変更があったに過ぎない場合に慣行を理由として報酬額を減額できるとするのは,解任の場合と比べても不均衡であるとして,職務内容の変更に「正当な理由」がある場合に限って,報酬の減額(ないし取締役の黙示の同意)が認められるという見解がある。

[12]民法709条に基づく不法行為も考えられないことはない。

[13]東京地判平成6・12・20判タ893号260頁。

[14]前掲1・江頭434頁註釈(28)参照。P社に対して直接請求する方法は,本文の要はオーナー取締役の合意が,会社との合意と同視できるかどうかといった問題として検討すればよい。