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6.取締役の会社に対する責任(会社法事例演習教材[第2版])

Ⅰ-6 取締役の会社に対する責任

【設例6-1 取締役の経営判断と任務懈怠責任】

(1)経営判断と法令違反

 Q1 取締役は,善管注意義務・忠実義務を負った上で業務執行を行い,それに違反した場合は,それによって会社に生じた損害を賠償する義務を負う。しかし,取締役の業務の執行は,不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多い。したがって,善管注意義務・忠実義務が尽くされたか否かの判断は,行為等時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか,及び,その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべき(経営判断の原則[1])であり,事後的・結果論的な評価がなされては成らない。以上から,常に経営判断の誤りが善管注意義務違反となるわけではない[2]

 

 Q2 Aは,近畿及び東海地方における綿密な調査を行った結果として,国産の養殖魚を比較的安価で提供しているQ社を見出しているのであるから,行為等時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・検討はなされているといえるし,魚介類の仕入れ部門の統括担当であるAは,P社の販売担当の取締役であるBとの間で,仕入れる料,価格,仕入れの時期,販売時期等の打ち合わせも重ねて慎重な検討を行って,Q社から大量の冷凍ウナギを購入しているのであるから,Aはその状況において取締役に要求される能力水準に照らして不合理な判断をしたともいえない。したがって,Aに善管注意義務違反はなく,任務懈怠はない。

 

 Q3 BはQ社の産地偽装を知った段階で,取締役の職務の執行の監督義務(362条2項2号)の履行として,取締役会に報告するなど[3]の行動を行うべきであったのにもかかわらず,これを怠っており,任務懈怠があるといえる[4]

  ⇒1 これは具体的に法令に違反する行為それ自体が任務懈怠を構成するのか(二元説[5]),具体的に法令に違反する行為が善管注意義務違反・忠実義務違反となり,それが任務懈怠を構成するのか(一元説)という問題である。これについては,会社法が任務懈怠と過失を区別している(423条1項,3項)ことから二元的に考えるべきである。すなわち,任務懈怠とは取締役の法定義務違反を言うが,これは過失とは異なる。そして,法令遵守義務を負う取締役においては,具体的法令義務違反行為それ自体が任務懈怠を構成するということになる。

⇒2 取締役の任務には,法令を遵守して職務を行うことが含まれている(民法644条,330条,355条)。そして,この法令には会社・株主の保護を図る具体的規定のみならず,公益保護を目的とする規定を含んだすべての法令が含まれる[6]。なぜなら,会社はあらゆる法令を遵守すべきであり,これを怠れば会社は非難を免れえない。そして,会社が観念的なものである以上,実際にその行動に対する責任を負うのは取締役だからである。また,あらゆる法令を遵守して職務を行うというのが取締役を選任する際の株主の合理的意思ともいえる[7]

 

Q4 これについて,Cが行った一連の行為によってP社は10億円の損失を被っている。これは任務懈怠を構成するかであるが,この点について,取締役は会社に利益を生じさせることを請け負っているのではなく,善管注意義務を尽くして職務を執行することを請け負っているのである。そうすると,会社が産地偽装をした商品を販売したことが発覚した場合においては,産地偽装を公表し,その後の後始末として信頼回復のためのキャンペーンを行うことがまさにこの善管注意義務を尽くすことと同義である。したがって,これを行ったCに任務懈怠はないというべきである。

 

(2)損益相殺の可否

 Q5 これは損益相殺の可否の問題であり,一般に,損害と利益の間に同質性がある限りで,債務不履行と同一の原因によって利益が生じた場合に損益相殺ができるとされている。

 

 Q6 損益相殺を認めるということも考えられる[8]が,その受けた利益が社会的悪性[9]の強いものである場合,特に本件のような法令違反行為によって得られた利益の場合は,それによって損益相殺を認め,役員等に賠償をしなくてよいとするのは,会社の利益さえ上げていれば法令違反行為をしてもよいということになりかねず,妥当でない。

 

 

【設例6-2 政治献金と取締役の任務懈怠責任】

(1)政治献金と会社の権利能力

 Q1 会社は「営利事業を営むことを目的とする法人」(民法33条2項)であるから,会社の権利能力は「目的の範囲」内に制限される(民法34条,27条1号)。この会社の権利能力は「目的の範囲」内に制限されるものの会社の目的の範囲内の行為には,客観的・抽象的に判断してその目的遂行に直接又は間接に必要な行為すべてが含まれる。そして,会社に社会通念上期待ないし要請される行為等についても,会社の円滑な発展に効果があるから,目的達成に必要な行為としてよい[10]。したがって,政治献金も会社が社会の一構成員という側面を捉えれば,その意思の表明として,目的遂行に必要な行為として行うことも「目的の範囲」内として許される。

  ⇒ 本文参照。

 

(2)政治献金と取締役の任務懈怠責任

 Q2 株式会社においては,対外的経済活動における利潤最大化をはじめとする「株主の利益最大化[11]」が,会社を取り巻く関係者の利害調整の原則となるが,これはほかの利害調整原則を排除してどこまでも貫かれるべき性質のものではない。会社の社会貢献のための寄付や政治的献金は,それが社会の期待・要請にこたえるもの[12]であり,かつ,会社の規模,経営実績,相手方等を考慮して応分の金額のものである限り,取締役に善管注意義務違反[13]の責任が生じることはない。

 

 Q3 欠損が出ている会社であることをどう評価するかである。これについて,Aは政治資金規正法等に抵触しないことに専ら意を払っており,平成23年度末に欠損が生じる見通しがあるにとどまっているから,政治資金規正法22条の4第1項には違反していない。しかし,P社は,平成21年度には株主への配当ができなくなっており,平成22年度3月期には欠損が生じており,経営状況は好転せず,平成23年10月頃には年度末に欠損が生じる見通しが立っているのであるから,Aはこれらの会社の財産状態について情報を把握して,検討を行うべきである。この検討をAは怠っていると考えられるので,この政治献金は合理的な範囲を超えるもの[14]としてAの善管注意義務違反となり任務懈怠を構成する。

  ⇒ 本文参照。

 

(3)政治献金を行う旨の取締役会決議に賛成した取締役の責任

 Q4 B及びCは,事業成績は好調と各事業部門の責任者からの報告と復配が可能であるとの担当取締役らの判断を信頼[15]し,本件取締役会決議に賛成している。取締役は業務執行の際には情報収集を行うべきではあるものの,他の取締役・使用人等からの情報等については,特に疑うべき事情がない限り,それを信じて判断すればよい。したがって,ここでB及びCには善管注意義務違反はない。

 

 Q5 平成23年10月頃に,年度末に欠損が生じる見通しがたっていたのであるから,この時点でB及びCが賛成した取締役会決議の賛成の基礎が存在しないことが明らかといえる。それにもかかわらず,B及びCは政治献金を止めようとはしていないのであるから,その業務の執行についての監督義務を怠っているといえる(362条2項2号)。したがって,この監督義務違反に基づく,任務懈怠が認められる。

 

 

【設例6-3 利益相反取引と取締役の任務懈怠責任】

(1)取締役会の承認を得た利益相反取引における取締役の責任

 Q1 Aについては423条3項1号で,B,C,Dについては同条3項3号によって,任務懈怠が推定される。

 

Q2 AないしDは,Aに資力があることを調査・確認して保証契約を締結したこと,かつ,Aに資力があると信じたことについて合理性がある判断がなされたことを証明すれば,任務懈怠の推定を覆すことができるため,責任を免れることができる。

 

 Q3 総株主の同意があれば,AないしDの責任は免除される(424条)。また,AないしDは,職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないことを証明すれば[16],425条ないし427条の規定により責任の一部免除が認められる。

 

(2)直接取引の相手方である取締役の責任

 Q4 Eは423条3項1号により任務懈怠が推定される。

 

 Q5 脚注97参照。

 

 Q6 取締役会の承認を得ていない場合は,これが法令違反となるので(二元説),Eは任務懈怠がないと証明することは不可能である。そして,取締役会の承認を得ていたとしても,善管注意義務違反・忠実義務違反等がなかったことによって責任を免れることは428条よりできないので,任務懈怠がないということはできない。

 

 Q7 脚注97参照。

 

 

【設例6-4 株主の権利行使に関する利益供与と取締役の責任】

(1)株主の権利行使に関する利益供与の意義

 Q1 120条1項によれば,①株主の権利の行使に関し,②財産上の利益の供与が与えられたときは利益供与に当たるとされる。本件は,①については,議事進行への協力の依頼,②については,有利な価格で土地を購入したこと[17]が該当し,Aの行為は株主の権利行使に関する利益の供与に該当する。

 

(2)利益供与に関与した取締役の責任

 Q2 利益供与をした取締役の責任は無過失責任である(120条4項ただし書きかっこ書き)。

 

 Q3 利益を供与することに関与した取締役とは,施行規則21条に定めがある。本件では,B及びCは,P社がS所有の不動産をSに有利な価格で購入したことについて,取締役会の決議で賛成をしている。したがって,規則21条2号イより,120条4項の取締役に該当する。

 

 Q4 Aとは異なり,B及びCには120条4項ただし書きの適用があるので,職務を怠らなかったことを証明して責任を免れることができる。

 

 

【設例6-5 内部統制システムの整備と取締役の責任】

(1)内部統制システムの整備の必要性

 Q1 会社法上は,取締役会設置会社かつ大会社であれば,362条4項6号,5項より,内部統制システムの整備が必要となる。また,委員会設置会社の場合も416条1項1号ホ,2項より,取締役会設置会社でなくかつ大会社の場合は348条3項4号,4項より,内部統制システムの整備が必要となる。それ以外の期間設計においては,任意の規定である。

 

(2)内部統制システムを整備しない場合の取締役の責任

 Q2 内部統制システム整備の義務がある場合は,これを設置しないことは法令違反であり,A,B,CはP社に対し任務懈怠責任が生じる。

 

Q3 内部統制システム整備の義務がない場合は,これの整備は善管注意義務としてどうかという問題である。本件においては,不正経理が過去に発覚していたにもかかわらず,漫然とこれを放置して,再び本件のような経理部長による着服が見つかったのであれば,これは内部統制システム整備の善管注意義務に反する[18]として,A,B,CはP社に対し任務懈怠責任が生じる。

 

[1]経営判断の原則が採用されるのは,会社の経営者はリスクをテイクしつつ利益を拡大することが望まれているが,これによる損失を経営者が負うとすると消極的な判断しかしなくなり,結局として利益拡大を図ることができないからである。事後的・結果論的な判断ではなく,行為等時になされた判断が合理的なものであれば,取締役の責任を認めないとした方が会社の目的,株主の目的にも沿う。前掲1・江頭438頁註釈(3)参照。

[2]前掲1・江頭437頁。

[3]監査役への報告もありうる(357条)。

[4]前掲1・江頭440頁註釈(5)参照。

[5]これは法令に違反する行為それ自体を任務懈怠とする構成と,善管注意義務・忠実義務違反を任務懈怠とする両方のルートが考えられるため,二元説となる。この二元説を採る場合は,法令違反による任務懈怠とされた場合に,善管注意義務がなかったとする無過失の抗弁が成立するかどうかが問題となるが,一元説によるとこのような問題は生じない。それが条文と整合するかという話である。

[6]前掲1・江頭437頁註釈(3)参照。

[7]したがって,本件でもBは「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」の遵守をしなければならない義務を負っている。

[8] 423条1項の責任追及を考えた場合,この責任を填補賠償と捉えるか,取締役へのサンクションも含んだ予防機能を含めた賠償と捉えるかでやや考え方が変わるとのこと。

[9]これについて,刑罰法規の悪性の程度を考えるという話があった(2012年商法総合1洲崎クラス)。

[10]最判昭和27・2・15民集6巻2号77頁,最判昭和45・6・24民集24巻6号625頁。

[11]前掲1・江頭20頁。

[12]政治献金が社会的貢献のための寄付とやや性質が異なることは否めない。この点については,前掲1・江頭23頁(5)参照。

[13]政治献金経営判断原則が適用されるかについては争いがある。[肯定]大阪地判平成12・7・18判タ1120号119頁,[否定]通説・商事法務1663号19頁。

[14]福井地判平成15・2・12判時1824号151頁は,このような状況の会社における取締役の裁量を狭く解している。

[15]信頼の原則について,前掲1・江頭438頁註釈(2)参照。

[16] 356条1項2号の取引については,428条により,直接取引をした取締役は,これについて責めに帰すべき事由がないことによる免責を主張できないので,425条から427条の規定の適用はない。しかし,本件は356条1項3号の取引なので,428条の問題は生じない。

[17]無償に限らず,有償でも会社の受けた利益が著しく少ないときはこれに含まれると解されており,明文としても120条2項がある(利益供与の推定)。

[18]この判断に経営判断原則が適用されるかについては争いがある。大阪地判平成12・9・20判時1721号1頁はこれを認めるが,内部統制システムの整備は取締役の監督義務の範疇に属するので,経営判断原則の適用とはなじみが薄い。したがって,これを否定する見解が通説である。