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1.ボンネットの上の酔っ払い

ボンネット上の酔っ払い

1.Aに対する罪責

(1)甲はAの顔面を手拳で一回殴打しており,これは不正な物理力の行使として暴行の実行行為に当たる。したがって,かかる行為は暴行罪(刑法208条)の構成要件に該当する。

(2)しかし,かかる行為はAによる侮辱的な発言やAが甲の胸ぐらをつかもうとしてきたため,とっさに甲が反撃として行ったものである。Aの行為は甲に暴行を加えようとするものであり,その身体等に対する危険が及ぶ行為である点で急迫不正の侵害に当たり,甲は自己の身体を守るために,軽くAの顔面を殴打したにとどまるので,必要最小限の行為としてやむを得ない防衛行為であったといえる。したがって,正当防衛(刑法36条1項)が成立し,違法性が阻却されるため,甲は当該行為について罪責を負わない。

(3)では,その後,AがBとともにからんできた際に,Aをボンネットに乗せたまま,車を発進させ,高速で運転し,蛇行運転を繰り返した行為はどうか。

 このような行為についてであるが,高速で運転する車から振り落とされれば,その身体への衝撃の大きさは重大であり,生命への危険が生じる可能性を有するといえる。したがって,生命侵害惹起の現実的危険性を有するものであり,かかる行為は殺人罪(刑法199条)の実行行為に該当するといえる。もっとも,Aは全治2週間の頭部外傷を受けたにとどまるため,これは未遂にとどまる(刑法203条)。

 甲に殺人罪の故意があったかどうかも問題となる。甲はAを振り落とそうとして高速運転,蛇行運転を行っている。このような運転がAに対する生命の危険を生じさせることは認識していたと言えるし,これにかまわず2.5キロも繰り返し運転をしていることから,Aがどうなってもかまわないという意識が見られ,Aの生命に対する配慮を欠いているものとして,Aの生命侵害をも消極的に認容していたといえる。したがって,少なくとも未必の故意が認められる。

 よって,甲の行為は殺人未遂罪(刑法199条,203条)の構成要件に該当する。

(4)しかし,これについても甲はAがBをつれて危害を加えようとしてきたため行った行為として,正当防衛が成立しないか検討が必要である。

 まず,AがBとともに棒状のようなものを携えて車から降りてきたことによって,甲に対し危害を加えようとしていることが推認され,甲の身体に対する急迫不正の侵害があることは認められる。また,甲はそこから逃走しようとして車を発進させていることからして,防衛の意思も認められる。では,かかる行為はやむを得ずした行為といえるか。これは正当防衛が不正の侵害に対する反撃行為として認められたものであることから,反撃行為として必要最小限である必要はあるが,法益の権衡までは求められていないと考えられる。そうすると,甲の行為が必要最小限といえるかどうかであるが,甲の本件での運転行為はAの生命に対する危険を惹起するものであり,甲は車によってBがいる現場から離脱した後,警察署に行くなどしてAの生命に対する配慮をすることができた以上は,必要最小限の行為とは言えない[1]。したがって,甲の行為は防衛の程度を超えたものとして,過剰防衛(刑法36条2項)にあたる。

 よって,甲には殺人未遂罪(刑法199条,203条)が成立するが,過剰防衛(刑法36条2項)として刑の減免が認められる。

 

2.Bに対する罪責

(1)甲はBに向けて車を発進させているが,この行為はBに対する暴行罪の実行行為とならないか。暴行とは不正の物理力の行使であり,これは身体等に直接接触する必要まではない。物理力が向けられていれば,身体に対する危険が生じる恐れが認められるからである。したがって,甲の行為は暴行の実行行為に当たる。

 この行為の結果として,Bは車には接触しなかったものの[2],身を避けようとして転倒し,前置1週間の打撲傷を負っている。これはBの生理的機能を害しているため,傷害(刑法204条)に当たる。傷害罪は暴行罪の結果的加重犯に当たることから,暴行と傷害の結果に因果関係が認められれば傷害罪が成立する。因果関係は行為の危険が結果へと現実化したかどうかで検討される。本件の甲の暴行は車をBに向けて発進させる危険な行為であり,その結果としてBが転倒して傷害の結果を得たことはその危険が現実化したものと評価してよい。また,傷害罪が暴行の結果的加重犯であることから,甲には暴行の故意があれば足りる。以上から甲の行為は傷害罪の構成要件に該当する。

(2)しかし,この甲の行為は前記のAとともにBが甲に危害を加えようとしたため,逃走しようとして行われたものである。そこで甲には正当防衛が成立しないか。

 Bが甲に危害を加えようとしていることは,棒状のものをもったAとともに来たことから推認され,ここで甲に対する急迫不正の侵害があるといえる。また,甲もこれらから逃げるために車を発進させているのだから,少なくとも防衛の意思は認められる。では,やむを得ずした行為といえるか。これは刑法にいう違法性が法益侵害の結果に加えて,その行為が社会的に相当かどうかの行為の無価値性にも着目する点に鑑みれば,必要最小限の行為を指すものと考えられる。しかし,相手は不正の侵害者であることから,法益の権衡までは求められない。甲は車を人の身体に向けて発進させておりそれ自体は大きな期間を有するが,それはA,B両者による自己の身体に対する暴行等の危険を避けるために行われたもので,滞留することの危険からすれば必要最小限の行為と考えてよい。したがって,やむを得ずした行為といえ,甲には正当防衛が成立する。

 以上から甲の行為は違法性が阻却されるため,Bに対する罪責を負わない。

以上

 

[1]相当性については,容易にできるかどうかも基準。必要最小限度であることはできるだけ侵害程度が低いものを採る必要ということで,仮に他により必要最小限があったとしてもそれが容易にできない場合に,それを採らなければならないということまではできない。

[2]暴行罪は傷害未遂を含むから傷害の危険を生じれば接触しなくてもよいはず。