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14.燃え移った炎

燃え移った炎

1.

(1)NTT所有の地下洞道において,通信ケーブルの断線探索作業を行っていた甲,乙及びその作業を見学していた丙は,断線個所を発見したため,その修理方法を検討するべく洞道外に退出するにあたり,その場に垂らされていた布製防護シート付近に甲乙が各自作業に使用していたトーチランプ2個をおいていった。このトーチランプはとろ火のまま火がついていたため,それが布製防護シートに着火し,その火勢によってケーブル及び洞道内を焼損した。甲,乙,丙に失火罪(刑法116条)が成立しないか。

(2)まず,ともに作業をしていた甲と乙の罪責について検討する。本件で焼損した物はケーブル及び洞道内の壁面であるので,建造物等以外への失火であるため,刑法116条2項後段の構成要件の該当性が問題となる。これは過失によって,建造物等以外のものを焼損させ,よって公共の危険を生じさせた場合に失火罪(刑法116条2項後段)が成立する。

では,甲および乙に過失があるといえるのか。過失とは結果の予見可能性に基づく客観的注意義務違反のことをいう。本件では,甲と乙のいずれが使用していたトーチランプから着火したか不明であるが,甲と乙はともに作業を行っており,その作業に当たってトーチランプの消火が不十分であれば,布製防護シートに着火する危険性を十分に予見することができた。

共同作業者間においてこのような社会生活上危険かつ重大な結果が発生することを予見できる場合は,相互利用補充関係として,その共同作業者全体についてお互いが注意義務を負っており,これを怠った共同の行為をしたときは,共同者全員が過失の共同正犯の責を負う。本件では,甲と乙は共同の作業者として,お互いに相手のトーチランプの消化まで確認する義務がありながら,それを怠って洞道外へ退出している。したがって,甲,乙には過失が認められる。

(3)この過失行為によって,洞道内から出火しケーブル及び洞道内壁面を焼損していることから結果も発生している。

(4)では,公共の危険が発生しているといえるか。公共の危険があるというために,延焼の危険を媒介とせずとも,火災による不特定または多数の人の生命,身体,又は財産に対する危険が発生したことが必要である。公共の危険を108条,109条の物件に限定する見解は,処罰範囲を不当に限定する虞があり妥当ではない。また,延焼の危険はそれが不特定多数人の生命,身体,財産への危険を危殆化させる点に問題があるのであり,延焼の危険それ自体が問題となるわけではない。したがって,本件では108条,109条の物件に対する延焼のおそれは認められないが,大量の煙の発生が認められ,多数人が一次避難を強いられており,これは煙によるのどの痛みなどを生じさせたためだと考えられるため,公共の危険の発生は認められる。

 そして,公共の危険はその条文の文言(「よって」)との記載から,結果的加重犯類似に考えればよく,この認識・予見等までは必要ではない。

 以上から,甲,乙には失火罪(刑法116条2項)が成立し,これの共同正犯(刑法60条)となる。

(5)では,丙についてはどうか。丙も甲,乙と同様の注意義務を負っていたといえるのであれば,共同正犯として失火罪の責を負う。これについて,丙は見習いの作業員であり,甲,乙と違って,現場の作業ではなく,見学をしていたにすぎず,同様の注意義務を課すことはできないとの主張も考えられる。しかし,本件のような作業において,トーチランプの灯を消すなどといった行動は,誰にでもできるものである。仮に見習いの作業員であっても,現場に行く以上は,その作業に伴う危険性を避けるような行動をとる義務が全く課されないということはない。したがって,丙にも甲,乙と同様の注意義務が課されており,これを怠った丙には過失が認められる。

 それ以外の構成要件の問題については上述の通りであるから,丙には失火罪が成立し,甲,乙とこれについて共同正犯となる。

以上