ちむブログ

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2.D子は見ていた

D子は見ていた

1.本件財布の領得について

(1)甲は,6回のベンチにおいてあったAの財布(以下,「本件財布」)をもって,現場から走り去っている。本件財布はAがベンチに置き忘れたものを甲が窃取したものであるが,甲の窃取行為時に本件財布に対するAの占有[1]はあったか。本件財布に対する占有があれば,甲は窃盗罪(刑法235条)の構成要件に該当することになるため,検討を要する

 物に対する占有は,占有の意思と占有の事実[2]から判断される。Aは本件財布をベンチに置き忘れて6階から地下1階のフロアに移動している。そうすると,場所的に物の把握ができる位置にはいないといえるし,エレベーターで移動するにしても2分20秒,往復にして約5分もかかる場所にある。そうすると,本件財布に対するAの占有は少なくともAが地下1階で気づいた時点で失われていたといえる[3]

(2)しかし,本件財布に対するAの占有が認められないにしても,Dの占有が認められないか。Dは本件財布が置き忘れられていたベンチから6メートルある休憩椅子に座っていて,Aが本件財布を置き忘れたのを把握していた。しかし,本件財布と6メートルも離れていた点,本件財布に一度も手を触れることなく,単に注視していたに過ぎない点からして,Dに本件財布の占有の意思,占有の事実を認めることはできない。

(3)では,スーパーマーケットBの占有があるということはできないか。これについても,営業時間中のスーパーマーケットにおいては人の出入りが激しく,多数の人がベンチ付近を通ることを念頭に置くと,Bによる本件財布の占有は認められない。したがって,本件財布に誰かしらの占有を認めることはできず,遺失物に当たる。

(4)そうすると,甲は本件財布がCのものだと思って窃取していながら,実際には遺失物の横領を行っていることになり,主観と客観に錯誤がある。甲に窃盗罪または遺失物横領罪の故意が認められるか。

 そもそも,故意とは規範に直面し,反対動機が形成可能であったにもかかわらず,それを実行したというものである。この規範は構成要件の形で与えられており,構成要件が異なれば原則として故意は認められない。しかし,構成要件が異なっても,規範が実質的に重なり合う限度では,そこに故意を認めることも可能である。この重なり合いは保護法益や行為態様の観点から検討される。

 窃盗罪(刑法235条)と遺失物横領罪(刑法254条)は他人の財産を保護するもので,行為態様も領得行為としてほぼ同様であるから,少なくとも遺失物横領罪の限度で規範に直面しうる。したがって,甲には遺失物横領罪の限度で故意が認められる。

(5)以上から,甲は遺失物を領得し,遺失物横領罪の限度で故意も認められ,不法領得の意思も肯定できる。よって,甲には遺失物横領罪が成立する[4]

 

2.A名義のクレジットカードの使用について

(1)甲はA名義のクレジットカードを示して,スーパーマーケットBの食料品売り場でFから1万2000円相当の商品を購入している。他人名義のクレジットカードを示して,商品を購入する行為は,自己の支払い能力についての欺罔しているものであり[5],詐欺罪(刑法246条)を構成しないか。この点について,欺罔された者が誰か,被害者は誰かといった点で適用法条が刑法246条1項か246条2項かなど異なることになるため,検討を要する。

(2)他人名義のクレジットカードを示して,自己の支払い能力について欺罔行為を行っているが,これは販売店・加盟店に対する欺罔行為であり,本件でいえばFに対する欺罔行為となる。そして,Fは欺罔されなければ,商品を交付することもなかったのであるから,被害者も販売店・加盟店たるFである。そうすると,甲はFを欺罔して,錯誤に陥らせ,1万2000円相当の商品を交付させる処分行為をさせているのであるから,これは246条1項の1項詐欺罪にあたる。

(3)無論,A名義のクレジットカードの使用について,Aの許諾は得ていないし,得ていたとしても甲の支払い能力について加盟店側は欺罔されることになるのであるから,この点で結論に変更はない。

(4)よって,甲には詐欺罪(刑法246条1項)が成立する[6]

 

3.甲の罪責

 以上から,甲には遺失物横領罪(刑法254条)と詐欺罪(刑法246条1項)が成立し,これらは別機会に行われたものであるから,併合罪(刑法45条)によって処断される。

以上

 

 

 

[1]刑法235条における「他人の財物」にあたるかどうか。

[2]占有の存否としての占有の事実,すなわち客観的支配の強弱は,①財物自体の特性,②財物の置かれた場所的状況,③財物との時間的・場所的間隔や支配の態様の3つの基準から検討される。

[3]原則は,窃盗が状態犯であることにかんがみて領得時の占有について客観的に判断するが,盗った時点が不明である場合は,その時点の占有が判断できないので,そのときは被告人に最大限に有利に判断すべきだから,被害者が気付いた時点での占有を判断する。

[4]具体的危険説から見れば,それが一般人において本件財布がCに属しているとみられるときは,窃盗の実行行為として見られるのではないかという検討。そうすると,窃盗未遂罪(占有離脱物横領は吸収)となるのではないか。

[5]他人名義のカードを示して,自分を他人と偽って表示したことが欺罔行為。

[6]クレジットカード詐欺については,私文書偽造及び同行使罪の成立の検討も忘れずに。