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20.クリスマスイブの事件

クリスマスイブの事件

第1 甲の罪責について

1 殺人罪の成否

(1)甲の殺人の実行の着手

甲は,Aに対し,大量の睡眠薬を飲ませてこん睡状態に陥れている。そして,そのAのいる家に火を放つことで事故に見せかけて,Aを殺そうとしている。

ア 甲がAに睡眠薬を飲ませた行為は,火を放って殺すという殺人の実行行為の前段階の行為であるから,それ自体が人の生理的機能を害するという意味で傷害罪(刑法204条)の実行行為となるが,向けられた目的が殺人それ自体ではないから殺人(刑法199条)の実行行為そのものということはできない。

イ 甲は,Aが昏睡に陥った後に,家に灯油をまいているが,この時点で殺人の実行行為の着手が認められないか。これについては,灯油はガソリンと比べれば引火性が低く,ただまいただけではいまだAの生命に対する現実的危険性が生じているとは言えない。したがって,この時点でも甲に殺人の実行の着手はない。

ウ 甲はさらに家に灯油をまいた後,これに点火するために,ライターと新聞紙を取り出している。この時点で,甲の放火行為はまさに行われようとしていることとなり,Aに対する生命侵害の現実的危険性が生じる。したがって,甲が灯油をまき,ライターと新聞紙を取り出した時点で,Aに対する殺人の実行行為性が認められる。

エ 前記の傷害の実行行為は,この殺人の実行行為に向けられたものとして,一体的に評価すればよく,以下は殺人罪の成否について検討する。

(2)中止犯の成否

ア 甲は,Aに対し,殺意をもって殺人の実行行為を行っている。しかし,火をつけようとした段階でこん睡状態にあるAを見てかわいそうになり,火をつけるのをやめている。そして,甲は救急車を呼び,Aの救命を求め,治療の結果Aは回復し,存命である。

そこで,甲には殺人未遂罪(刑法199条,203条)が成立するが,それには中止犯が成立しないか。

イ 中止犯(刑法43条ただし書き)は,自己の意思により犯罪を中止したものに刑の減免を認める。これは中止犯を保護するという政策的規定であるとともに,中止行為に出るということ自体が,行為の違法性を減少させるとともに,その行為者の責任を減少させる点に必要的減軽の根拠がある。そうすると,ここで中止犯が成立するというためには,Aの生命に生じた危険を防止するために真摯な努力をする必要がある。

ウ 本件では,甲の行為によって,Aはこん睡状態に陥っており,そのような状態で放置すれば,吐しゃ物をのどに詰まらせるなどして,死亡する可能性もある。このような危険を避けるように救急車を呼び,病院で治療を受けさせるなど,危険を防止する行為をした甲には中止行為が認められる。また,こん睡状態のAがいる家に放火することをやめた時点でも,その放火による生命の危険の増加をやめたという点で中止行為が認められる。したがって,甲は危険な行為をやめようとしており,ここに危険を防止するための真摯な努力が認められることから中止犯が成立する。

(3)以上から,甲には殺人未遂罪が成立し,これは中止犯となり刑の必要的減免を受ける。

 

2 現住建造物放火罪の成否

(1)現住建造物放火の実行の着手

ア 甲は,Aの家に,こん睡状態のAを置いたまま,放火しようとしていることから現住建造物放火罪(刑法108条)が成立しないか。

イ 甲は,現に人が使用している住居に対して,火を放とうとしているが,実際には上記の通り,ライターと新聞紙を取り出したにすぎず,放火行為自体は行っていない。そうすると,放火行為がない以上,現住建造物放火の実行の着手がなく,予備罪(刑法113条)にとどまるのではないか。

ウ この点について,放火罪については,火を放つ行為の着手が必要であるから,媒介物にさえ点火していない時点では,実行の着手を認めることはできないという見解もある。しかし,殺人罪の時点ではライターと新聞紙を持ち出した時点で,放火による生命の危険が生じているという判断ができるのであれば,現住建造物放火においても点火行為を行おうとした時点で,公共の危険が生じ,放火罪における法益の侵害の現実的危険性は認められる。したがって,ライターと新聞紙を取り出した時点で,放火行為に着手したと言え,実行の着手があったといえる。

(2)中止犯の成否

ア しかし,甲は,ライターと新聞紙を取り出したにすぎず,実際に媒介物に火をつけてはいない。そうすると,現像建造物放火罪は未遂(刑法112条)にとどまり,さらに中止犯が成立するのではないか。

イ この点については,中止犯がその意思により,真摯な努力をもって危険の増加を止めたといえれば成立する以上,甲はその意思で火をつけるのをやめていることから中止犯が成立するといえる。

(3)以上から,甲には現住建造物放火未遂罪が成立し,これは中止犯となり刑の必要的減免を受ける。

 

3 詐欺罪の成否

甲は,家の火災保険金を詐取するために,家に放火をしようとしている。そこで保険会社に対する詐欺罪(刑法246条1項)の成否が問題となるが,甲は家に火を放っていないし,火災が起きた後に,火災保険を実際に詐取する欺罔行為が行われるのは,その保険金を請求した時点である。したがって,甲には詐欺罪の実行の着手がなく,詐欺罪は予備の処罰規定がないので,甲の行為は不可罰である。

 

4 まとめ

 以上から,甲にはAに対する殺人未遂罪(刑法199条,203条)の中止犯(刑法43条ただし書き)と現住建造物放火未遂罪(刑法108条,112条)の未遂罪が成立し,これらは観念的競合(刑法54条1項前段)として処断される。

以上