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22.将来給付の訴え

民事訴訟判例百選22事件-将来給付の訴え(大阪国際空港事件)

-最高裁昭和56年12月16日大法廷判決-

1.事案の概要

 大阪国際空港周辺の住民Xらは,同空港の設置・管理主体である国Yに対して,①夜9時から翌朝7時までの間の空港機の発着の差止め,騒音による②過去の損害賠償,及び③将来の損害賠償を求めた事案である。ここでは③にしぼって検討の対象とする。

2.第一審,原審の判断

 第一審は,Yが予定している騒音防止対策が実施されればXらが被るであろう精神的損害も軽減・消滅することも予想されるが,そうした対策の実施及びその効果の発生は将来に待つべきものであるから,慰謝料算定の基礎となるべき事実ないし条件がいまだ確定しておらず,③の請求は失当であるとして棄却した[1]

 原審は,長期間の権利侵害状態の継続があれば,それがやむことが被告によって主張立証されない限り,将来にわたって同様の権利侵害ないし損害が継続するものと推定すべきであり,請求権発生の基礎たる事実関係を現時において確定でき,また,請求を認容するにあたって,将来発生すべき損害の程度等に一部不確実な事情があるとしても,それをXらに帰させることは公平に反するのであるから,そのような事情はYに立証させて執行を妨げさせればよいとして,③の請求を認容した。

3.判決要旨

 原審について,Y上告。最高裁は原判決を取り消して,訴えを却下した。

[判決要旨]

現在不法行為が行われており,同一態様の行為が将来も継続することが予想されても,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができ,かつ,右権利の成立要件の具備については債権者がこれを立証すべきものと考えられる場合には,かかる将来の損害賠償請求権は,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有しない[2]

[団藤反対意見要旨]

 金額及び期間の面で将来の損害賠償請求権の成立する範囲を控えめに見積もる限り,将来の事実関係の変動によって請求権への影響が生ずることは例外的にしか生じないことになり,将来給付の訴えを許しても当事者間の公平を害することはない。したがって,将来請求を不適法とする多数意見に反対するものである。

4.検討

(1)将来給付の訴えとは何か

民事訴訟法135条は,将来の給付を求める訴えにつき,「あらかじめその請求をする必要がある場合に限り」,訴えの提起を認めている。本来ここで想定されてきたのは,期限未到来の債権に基づく請求や停止条件付債権に基づく請求であった。ここでは現に「請求の基礎たる関係」が成立しており,その内容が明確であれば訴えの利益は肯定されるとされた[3]

(2)将来発生すべき債権に基づく請求の場合

本件で問題とされたような将来発生すべき債権は,債権発生の基盤たる事実の全部又は主要な部分が将来発生する事実であり,現時点ではその債権発生を予測せしめるような一定の事実関係が存在するにとどまる。そして,債権発生の予測を基礎づける事実とは,将来債権の発生についての純然たる事実的な基盤にすぎない。では,このような事実的基盤があるに過ぎない場合でも「請求の基礎たる関係」が成立しているといえるのか[4]

これについて,多数意見は上記判旨のような結論を導いている。本件訴えで目的とされる債権は,将来の侵害行為の違法性の有無及びこれによる損害の有無・程度はYの実施する被害対策やX各自の生活事情の変動等複雑多様な因子によって左右されるべき性質のものであるから,具体的基準によって損害賠償請求権の将来における変動を把握することができず,またその変動事由の立証責任を債務者となるYに負わせるのは相当と言えないのであるから,訴えの利益は否定されるというのである。つまり,変動事由が多義的であれば,請求の基礎たる関係がないとしたものと読めるのである。

ただ,多数意見は一律に将来発生すべき債権についての訴えの利益を否定していない。請求の基礎たる関係が成立する場合について示唆を与えている。それは法律関係の錯綜を招いたり当事者間の公平が害されたりするおそれが少ない場合を指すとしており,具体的には①事実関係の存在とその継続が予測されること,②請求権の成否,内容につき債務者に有利な変動事由があらかじめ明確に予測し得ること,③右の変動を請求異議事由とし債務者に提訴の負担を課しても不当でないこと,がみたされる場合である[5]

(3)団藤反対意見について

 団藤反対意見は,将来侵害状態や損害が生じることが,確実に継続することが認定できるのであれば,同条の立法趣旨,既判力の範囲の問題,当事者の利益の均衡を考慮して,一定の範囲(期間)で給付の訴えの利益を認める余地があるとしている。そこでは,原審はその期間を当事者に合意が成立したとき[6]と定めた点で失当であるが,裁判所が控えめに合理的な期間を定めるのであれば,将来請求が変動事由によって影響を被ることも例外的であり,その範囲では訴えの利益を認めても当事者の公平を害しないとする。

 

[1]訴えの利益に明言していない。訴え却下ではなく,請求棄却としている点に注意。

[2]請求権の適格を欠くというのは,将来の給付の訴えの利益を欠くと言いなおしてよい。高橋宏志『重点講義民事訴訟法[第2版]』352頁。

[3]兼子ら通説的見解である。

[4]停止条件付債権等は請求権自体の基礎がすでに存在し,それに将来一定の事実が付け加えられれば(期日の到来,条件の成就)一定内容の債権が生ずることが一義的に決まる。しかし,本件は請求権の基礎自体が将来侵害があるか,損害があるかどうか等にかかっており,現段階ではそれが予測的な事情にかかっている。また,その事情も受忍限度を超えるかというような多義的な要素であることが問題とされる。

[5]調査官解説によれば,多数意見は一般論として展開されているとのことである。そうすると,およそ将来給付の訴え,特に将来において債権の発生等に変動を与える事由があるものについては,この判例の射程が広く及ぶことになると思われる。

[6]被告が合理的な手段を講じたにもかかわらず,原告が合意を拒んだときに,被告が賠償義務を負い続ける問題があるため。