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23.即断3連発

即断3連発

第1 甲の罪責について

  1. 脅迫罪の成否

(1)甲は,Bに対して,刃物を持っている旨を告げて,おとなしくしていれば殺しはしないなどといって,相手方を畏怖させるに足りる脅迫行為を行っている。甲の行為は,相手方の生命・自由に対して,害を与える旨の告知に当たり,脅迫罪(刑法222条1項)の客観的構成要件に該当する。

(2)しかし,甲は,BをAだと思っており,客体の錯誤がある。そこで,故意が阻却されないのかが問題となる。故意とは,規範に直面して反対動機が形成可能であったにもかかわらず,敢て実行行為に出たことに対する非難であり,これは構成要件段階でも構成要件的行為として把握される。そして,規範は構成要件の形で与えられている以上,構成要件レベルで規範に直面し得る程度の事実の認識があれば,故意は阻却されない。

 本件で,甲は,BをAと間違えているが,およそ人に対して,脅迫行為を行うという事実の認識はあり,構成要件の段階で規範に直面し得る。したがって,甲には故意が認められる。

(3)以上から,甲には脅迫罪が成立する。

  1. 強制わいせつ罪の成否

(1)甲は,Bに対して,上記の脅迫を用いたうえで,右手でBの右胸をまさぐり,首筋の数か所にキスをするというわいせつな行為をしている。これは客観的には強制わいせつ罪(刑法176条)の構成要件に該当する。

(2)しかし,甲は,A(女性)に対する強姦(刑法177条)のつもりで,B(男性)に対する強制わいせつを行っている。男性に対しては強姦罪が成立しないこととなるためだが,この場合,甲は強姦のつもりで強制わいせつを行っているという抽象的事実に錯誤がある。したがって,故意が阻却されないかが問題となる。

 この点について,故意が認められるためには構成要件レベルで規範に直面し得るかどうかの事実の認識が必要である。そうすると,構成要件が異なる以上,故意原則として阻却される。しかし,構成要件も一定の行為類型を犯罪として規定したもので,行為態様と保護法益の観点から実質的な重なり合いが認められる構成要件がある。このとき,この行為態様と保護法益の観点から規範の実質的な重なり合いが認められる限度で,故意は認められると解することができる。

 本件において,強姦と強制わいせつは,強姦が女性に対する姦淫行為をするという点以外では,それらが暴行・脅迫を用いてわいせつな行為をするという点で行為態様が類似し,保護法益も被害者の性的自由であること。したがって,強制わいせつの限度では規範が実質的に重なり合うといえる。本件で,甲にその限度での事実の認識はあることから,故意が認められる。

(3)以上から,甲には強制わいせつ罪が成立し,1の脅迫罪はこれと法条競合であり,強制わいせつ罪のみが成立する。

  1. 傷害罪の成否

(1)甲は,強制わいせつ行為を行ったBが男性だとわかると,その場から逃走を図っている。追いかけてきたBに対して,その腕をつかまれた甲は,Bとつかみ合い押し合いとなった。甲は,Bが体勢を崩した際に,両手でBの胸を突き飛ばし,Bはそれによって後ろ向きに倒れ,後頭部を岩石に打ち付けた結果,気を失っている。

 甲は,強制わいせつをしている対象が男だと判明して,自己の目的と違う対象に行為を行っていることに気づき,その場から逃走したのであるが,その際に上記のような行為を行っているため,強制わいせつ致傷(刑法181条1項)が成立しないかが,まず問題となる。

(2)強制わいせつ致傷は,その犯罪からして致傷結果が生じることが類型的に多いことに鑑み,それを重く処罰するために規定されたものであるが,その無限定な適用を防ぐべく,この犯罪が成立するためには,強制わいせつそのものの行為から致傷結果が生じたか,強制わいせつ行為を行う手段としての暴行・脅迫から致傷結果が生じた場合である必要があると解すべきである。

 本件では,甲は逃走中にBに対して,暴行を行ったにすぎず,その結果として傷害を負ったとしても,それは強制わいせつ行為ないしその手段としての行為ということはできない。したがって,強制わいせつ致傷は成立しない。

(3)そうすると,甲の行為には傷害罪(瓊浦う204条)が成立しないかが検討されることとなる。甲の行為によって,Bは気を失っていることから,その生理的機能が害されているものとして傷害の結果が発生している。しかし,甲は,Bに対しては,暴行の故意しか認められないことから,この場合でも傷害罪が成立しないかが問題となる。

 この点について,暴行罪(刑法208条)の規定が,「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」とあることから,暴行罪の故意で傷害が生じることも想定されており,そうすると,傷害罪は暴行罪の結果的加重犯とみることができる。したがって,暴行の故意であっても,結果的加重犯として傷害罪は成立しうる。

 本件でも,甲に少なくともBを突き飛ばして逃げようという暴行の故意は認められるから,甲には傷害罪が成立する。

  1. 窃盗罪の成否

(1)甲は,Bを突き飛ばして,Bが後頭部を岩石にぶつけた際に,何かが割れるような音を聞いた。そこで,甲はBが死亡したと思い込んでいる。

(2)そして,甲はこのBのズボンから財布を見つけ,そこから現金5万円を領得している。

 この行為は,Bの意思に反した領得行為であり,窃盗罪(刑法235条)の構成要件に該当する。

(3)しかし,甲はBが死亡したと思っており,主観的には占有離脱物横領(刑法254条)の故意しかない。もっとも,甲がBに対して,暴行を行った結果死亡したという認識であり,この暴行のあと間断なく甲はBから現金5万円を窃取している。仮に死亡していたとしても,このような態様における領得行為に対しては,Bの占有は保護されるべきである。したがって,甲には窃盗の故意が認められる。

(3)甲は,この現金を有効目的で費消しようとしていることから,所有者を排除して経済的方法に従って利用処分するという不法領得の意思も認められる。したがって甲には窃盗罪が成立する。

  1. 保護責任者遺棄罪の成否

(1)甲は,前記甲の暴行により気を失ったBを森林の茂みの中に隠している。甲のこの行為には,保護責任者遺棄罪(刑法218条)が成立しないか。

(2)甲は,前記暴行により,気を失ったB(要扶助者)の生命・身体に対する危険を支配する状況にあったのであるから,保護責任者に当たる。

(3)そして,この保護責任者が,林道で気を失っているBを,さらに見つかりにくい森林の茂みの中に移置することは,より危険を増大させる行為に当たり,保護責任者遺棄罪における「遺棄」行為にあたる。

 したがって,甲の行為は保護責任者遺棄罪の客観的構成要件に該当する。

(4)しかし,甲は,Bが死亡していると思っており,主観的には死体遺棄(刑法190条)の故意を有している。甲の故意には保護責任者遺棄罪と死体遺棄の間で抽象的事実の錯誤があり,故意が阻却されないのかが問題となるので,前記基準によって判断する。

 本件では,行為類型はともに遺棄行為を行うという点で類似する。しかし,保護責任者遺棄罪は,被害者の生命・身体等を保護法益とするのに対し,死体遺棄罪は死者に対する敬虔感情を保護法益としており,ここに保護法益の重なり合いは全く認められない。つまり,実質的に重なり合う部分がない以上,甲はその限度での規範に直面ということも考えられない。したがって,甲の故意は阻却され,甲には保護責任者遺棄罪も死体遺棄罪も成立しない。

  1. 罪数

 以上から,強制わいせつ罪(刑法176条),傷害罪(刑法204条),窃盗罪(刑法235条)が成立し,これらは併合罪(刑法45条)として処断される。

以上