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28.将来の法律関係の確認

民事訴訟判例百選28事件-将来の法律関係の確認(雇用者たる地位の確認)

-東京地裁平成19年3月26日判決-

1.事案の概要

 損害保険業等を目的とする株式会社Yは,Xらを損害保険の募集業務等に従事する外勤の正規従業員である契約係社員(Yにおいてはこれを「リスクアドバイザー」あるいは「RA」と称している。以下,RAという。)として雇用している。Yは経営上の理由により,平成17年10月に,RA制度を廃止することを決めたが,XらはこのRA制度の廃止は,XらとYとの間の労働契約に違反するなどとして,その無効を主張している。

これらの事実関係の下,Xらは実際にRA制度が廃止される平成19年7月以降も,YにおいてXらがRAの地位にあるとの確認を求めて提訴した。

2.判決要旨

 将来の権利関係の確認の利益を肯定

(1)確認の利益について,①確認対象の選択の適否,②即時確定の利益の有無,③確認訴訟によることの適否の観点から行うとしたうえで,以下のように述べる。

(2)まず,①確認対象の選択の適否については,「将来の法律関係の確認を求めることは,通常は,発生するか否かが不確定な法律関係の確認を求めることに他ならず,現在における紛争解決の方法として適切ではない場合が多いといえる。…しかし,将来の法律関係であっても,発生することが確実視できるような場合にまで,確認の訴えを否定するのは相当ではない」として,具体的に「権利又は法律的地位の侵害が発生する前であっても,侵害の発生する危険が確実視できる程度に現実化しており,かつ,侵害の具体的発生を待っていたのでは回復困難な不利益をもたらすような場合には,将来の権利又は法律関係も,現在の権利又は法律関係の延長線上にあるものということができ,かつ,当該権利又は法律的地位の確認を求めることが,原告の権利又は法律的地位に対する現実の不安・危険を除去し,現に存する紛争を直接かつ抜本的に解決するため必要かつ最も適切であると考えることができる。そのような場合には,確認訴訟が有する紛争の予防的救済機能を有効かつ適切に果たすことができるといえるので」確認対象足りえるとしている。

一方,②即時確定の利益の有無については,「確かに,一般的には,将来の権利又は法律関係の確認を求める場合には,仮に,現時点で被告が原告らの将来の権利又は法律関係を否定する言動をしているとしても,それによる危険が現実化,具体化するのは将来であり,現時点で当該権利又は法律関係の確認を求める必要性を欠くことが多いといえよう。しかしながら,現時点における被告の言動や態度から,原告らの権利者としての地位に対する危険が現実化することが確実であると認められる場合には,当該権利又は法律関係の存否につき判決により早急に確認する必要性があ」るから,即時確定の利益が肯定されるとしている。

(3)これらに照らして本件をみると,YのRA制度廃止におけるゆるぎない姿勢を前提とすれば,Xらが本件提訴をしなければYが計画通りRA制度を廃止することが確実であり,このRAとしての地位をXらが失うことで,原告はこれまで積み上げてきた顧客との契約関係あるいは人的つながりを失い,事後に廃止の無効による地位の確認が認められても回復の困難な事態が招来するといえる。したがって,確認の利益は肯定される。

3.検討

(1)将来の確認の訴えとは何か

本件で問題とされたのは将来の権利関係,特に将来における原告の法的地位の有無である。これは事実審の口頭弁論終結時にはいまだ健在化していない権利関係であることから将来の法律関係についての確認を求める訴えとされる。この将来の権利関係の確認の訴えは,この権利関係について将来の規範的な行動指針を現時点で得るために提起される。

(2)従来の判例から

 最一小判昭和31年10月4日民集10巻10号1229頁,最三小判昭和30年12月26日民集9巻14号2082頁,最二小判平成11年6月11日判時1685号36頁(判例百選26事件)などの従来の判例からすると,将来の権利関係の確認について最高裁は比較的厳格に否定的な姿勢をとっている。その理由は,将来の権利・法律関係の発生要件である一定の要件が実際に具備されるか否かは不確実であるから,そのような訴訟を適法として確認判決をしてみてもその判決が無駄になる可能性があるので,将来の権利・法律関係が現実のものとなったときに初めて確認訴訟を認めれば足りるという点にある(上記昭和31年判例参照)。

(3)近時の学説

しかし,このような最高裁判例の傾向も絶対的なものではないと考えられる。学説上も近時,このような将来の権利関係の確認の訴えが適法とされる余地があると指摘している。すなわち,高度化・複雑化した現代社会においては,権利・法律関係の不明確が生じやすくなっており,その不明確自体が重大な経済的,社会的な損害をもたらすようになっているという事実があることから,その不明確を除去し,そのような損害に対する救済を与えるためには,なるべく早期の段階で確認訴訟を認めて確認判決の予防機能を十分に発揮させる必要があるから,一律に将来の権利関係の確認の訴えだからと言って訴えの利益を否定することは妥当ではないからである。

(4)本判決の意義

本判決はこのような立場に立って,将来の権利関係の確認の訴えを認められる場合があるとした。そこでは,侵害発生する危険が確実視できる程度に現実化されている場合,かつ,具体的な侵害の発生を待っていたのでは回復が困難な不利益をもたらす場合をあげている。これを将来の給付の訴えの場合に特別な給付の利益の要件が必要とする(民事訴訟法135条)こととパラレルに考えることもできるが,通常の訴えの利益判断の枠組み(上記①~③)の中で,①の命題を絶対視せず,②の要件を強度によっては一定の場合に確認の利益を認めることができるとしてものと読むこともできる。

 なお,最高裁判例(最一小判平成11年1月21日・百選27事件)として,建物賃貸借契約の継続中における敷金返還請求権の存在確認請求を適法と認めた事例があり,これを将来の権利関係の確認を肯定した判例として評価するものもある点には留意されたい。また,本裁判は東京地裁控訴されたが,平成22年2月3日に和解が成立している。