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3.ヒモ生活の果てに

ヒモ生活の果てに

1.甲の罪責について

(1)甲は,当時2歳のBに対して,その東部右側を手拳或いは裏拳で断続的に5回殴打をし,仰向けになって倒れて意識を失った後も放置した。翌日Bは死亡している。

 Bは甲の上記行為によって,硬膜下出血,くも膜下出血等を負っており,これはBの生理的機能を害するものである。また,そこからの脳機能障害によってBは死亡していることから,甲に傷害致死罪(刑法205条)が成立する。

(2)しかし,甲は,Bが意識を失った後も,Bの命が危ないことを認識しながら,Bが死亡してしまえばよいとして放置している。ここから甲にBに対する殺人罪(刑法199条)が成立しないかも検討を要する。

 この点について,甲はBを単に放置していることから不作為による殺人の成否が問題となる。甲によるBの放置が殺人の実行行為といえるためには,甲に作為義務が認められる必要がある。実行行為とは法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為であるところ,単なる不作為はこれに当たらないが,作為義務を負う者が作為可能でありながらこれをしないことには実行行為性が認められる。甲は上記のような先行行為によって生じたBの生命・身体に対する危険に対して,その生命・身体の保護を図るべき作為義務を負っていると言える。そして,作為義務の内容は治療設備の整った病院等に連れて行くことなどであるところ,そのような施設は甲の住居から車で10分ほどの距離にあり,行うことは十分に可能であった。このような行為を行わないことは生命・身体への危険惹起させるものである以上,本件の甲の放置行為には殺人の実行行為性が認められる。

(3)そして,本件は甲の放置行為による生命侵害の危険が,Bの死亡として現実化した以上,法的因果関係も認められる。甲はBについて命が危ないが,死亡してしまっても構わないと思っていることから,少なくとも未必の故意は認められる。よって,甲には殺人罪が成立する。

(4)以上から,甲にはBに対する傷害致死罪と殺人罪が成立するところ,Bの死の結果については殺人罪で評価され,傷害についても殺人で評価することは可能であり,結果,包括一罪として,甲には殺人罪(刑法199条)のみが成立する。

 

  1. 乙の罪責について

(1)乙は,甲,Bとともに暮らしながら,甲によるBに対する暴行等を放置し,本件においては甲の暴行によって意識を失ったBを放置している。乙は甲によるBへの暴行を止めなかった不作為と,気を失ったBを放置したとの不作為があるが,この不作為について乙に犯罪は成立しないか。

(2)甲によるBへの暴行を放置したことについて,乙はそもそも作為義務を負っていたのかどうか問題となる。乙の不作為は甲に対するBへの侵害行為を共にしたというものではなく,不作為によって甲のBへの暴行が促進されたというもので幇助的なものである。したがって,乙は甲に対して声をかけたりすることで,Bに対する暴行をやめさせるような作為義務を負っていたかどうかが問題となる。作為義務を負っており,作為可能であったのにこれをしなかった場合は,甲の傷害についての幇助が成立する。

(3)乙とBの間では親族関係はなく,法令に基づく監護等の義務は認められない。しかし,乙は甲に対してBも含めて一緒に暮らすよう提案しており,実際にBに対して親同然の監護をする地位にあった。また,Bを殴る甲自身にBの保護を図ることは期待できず,この点について,家の内部では乙がBを排他的に保護すべき義務があるということができる。したがって,乙に作為義務が認められ,乙は甲にBに対する暴行を止めるよう言うなどすべきであり,それが容易であるにもかかわらずこれをしなかった。よって,乙の不作為は甲のBに対する傷害の幇助となる。

(4)Bはこの傷害行為によって死亡していることから,甲には傷害致死罪が成立することは前記の通りであり,乙は基本犯たる傷害罪への幇助が認められる以上,その結果的加重犯たる傷害致死についてもその責を負う。したがって,乙には傷害致死罪の幇助犯(刑法62条)が成立する。

(5)では,Bが意識を失った後もこれを放置したという不作為についてはどうか。これについては,乙はBの様子がただ事ではないと思いながらも,死ぬことはないと思って放置していることから,保護責任者不保護罪(刑法218条)の成否が問題となる。

 乙は,保護責任者,すなわちBの生存に対する保護をすべき作為義務を負っていたといえるか。これについても,乙がBを親同然に監護していた点,暴行者たる甲以外の者では乙以外にBを保護すべき者がいなかった点からして,Bに作為義務が認められる。作為義務を負った乙としてもBを治療施設に連れて行くことは容易であった以上,乙によるBの放置行為は保護責任者不保護罪の実行行為に当たる。そして,その結果Bは死亡していることから,乙には保護責任者不保護致死罪(刑法219条,218条)が成立する。

(6)以上から,乙には傷害致死罪(刑法205条)の幇助(刑法62条)と,保護責任者不保護致死罪(刑法219条,218条)が成立するが,Bの死亡については保護責任者不保護致死罪で評価することができ,乙の一連の放置行為の結果としてみれば,傷害の幇助も不保護罪として評価できるので,結果,包括一罪として,乙には保護責任者不保護致死罪(刑法219条,218条)が成立し,その範囲で甲と共同正犯(刑法60条)となる。

以上