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32.車に乗せてはみたものの…

車に乗せてはみたものの…

第1 甲の罪責について

1 自動車運転過失致傷罪の成否

(1)甲は自動車で走行中,草むらの陰から出てきたAにぶつかり,Aを転倒させている。これによって,Aは脳内出血を起こしており,生理的機能を害する傷害を負っているのであるから,甲には自動車運転過失致傷罪(刑法211条2項)が成立しないか。

(2)甲に過失があるのか。過失とは予見可能性を前提とした結果回避義務違反を言い,結果回避義務違反が過失における実行行為に当たる。このように理解するのは,自動車の運転のような本来的に危険を有する行為については,予見可能性だけをもとに過失責任を問うことは人の行動を過度に制限することになるため,この予見を前提とした基準行為から逸脱,すなわち結果回避義務違反を過失の問題とすべきだからである。

(3)本件で,甲は法定速度を20キロ超える時速60キロメートルで走行をしているが,ぶつかったこと自体はAが突然草むらから飛び出してきたことによるもので,甲にこの飛び出しについての具体的な予見可能性はなかった。したがって,結果回避義務を負う前提となる予見可能性がなかった以上は,甲に過失があったということはできないのであるから,本罪は不成立である。

2 保護責任者遺棄罪の成否

(1)甲は,上記事故によって,Aを転倒させてしまったことから,Aを病院まで連れて行こうとして自車に同乗させている。しかし,甲は次第に事故の責任追及を恐れて,Aをどこかに下して逃げることとし,B公園にAを置き去りにしている。そこで,この甲の行為に保護責任者遺棄罪(刑法218条)が成立しないか。

(2)甲に保護責任があるか。甲はAに車をぶつけて,けがをさせており,それによってAは脚に傷を負って歩行が困難となっている。そして,その怪我を負ったAを自車内に同乗させているのであるから,甲はこれによって排他的支配を設定し,Aの怪我に対する危険を引き受けたといえる。したがって,これらによって甲は危険の引き受けによる保護責任を負っている。

(3)そして,保護責任を負った甲は,AをB公園に置き去りにしている。刑法218条にいう「遺棄」とは,作為による移置と置き去り両方を含むものであり,甲がAを病院に連れて行かず,B公園に放置する行為は作為による置き去りである。

(4)Aは脚に怪我をしており歩行困難であることからすれば,Aは扶助を要する「病者」に当たる。また,Aは上記事故によって脳内出血を負っており,甲にその認識はないことについては,保護責任者遺棄罪が抽象的危険犯としての性質を有していることに鑑みれば,甲をしてAにおいては身体や生命にかかわる危険があり,Aには治療を受けさせる必要があるという程度の認識があればよい。この点,甲としてもAに治療を受けさせる必要性の認識はあったといえる。よって,Aはいずれにせよ「病者」に当たり,保護責任を負っていながらこれを置き去りにした甲には保護責任者遺棄罪が成立する。

 

第2 乙の罪責について

1 保護責任者遺棄罪の成否

(1)乙は助手席に座っていただけであり,それによって保護責任は生じない。本件では上記で述べたように,甲はAを自車に同乗させて発進させた時点で排他的支配と危険の引き受けから保護責任が認められたのであるから,乙はこのような行為を行っていない以上,単独の保護責任を負ってはいない。したがって,乙は非身分者であり,甲を身分者とする共犯の成否が問題となる。

(2)刑法217条の単純遺棄罪は作為による置き去りを処罰しているから,刑法218条の場合の保護責任は,これを加重する加減身分に当たる。刑法65条は文言上,1項が構成要件的身分を,2項が加減的身分を定めているものと解されるから,本件は刑法65条2項が適用され,乙については単純遺棄罪(刑法217条)の共犯となる。

(3)そして,乙は甲の行為に積極的に加功しているわけではなく,甲がしようとしている行為に賛成するような意見を述べて,Aの置き去りについて心理的な幇助を行っているにすぎない。したがって,乙には単純遺棄罪の幇助犯(刑法62条)が成立する。

以上