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40.留置場での悪巧み

留置場での悪巧み

第1 乙の罪責について

1 検討すべき罪責

乙はA検事に対して,甲の被疑事実に係る虚構の事実を供述して,供述調書を作成させている。これについて,証拠偽造罪(刑法104条)が成立しないか。また,乙のかかる供述は,甲に覚せい剤の認識がなかったことを内容とするもので,その結果として甲の覚せい剤自己使用罪に関する犯罪事実の証明を阻害するものと考えられる。これについて,犯人隠避罪(刑法103条)が成立しないか。

2 証拠偽造罪について

(1)甲の覚せい剤自己使用の被疑事実は「他人の刑事事件」であり,これに関する供述調書を作成することは,その被疑事実に係る証拠を作成したもので構成要件に該当する行為であるように思われる。

(2)しかし,乙の行ったのは虚偽の陳述であり,このような虚偽の陳述については,別途偽証罪(刑法169条)が用意されており,刑法上は法律により宣誓した証人による場合を除いては虚偽の陳述を処罰しない趣旨であると解することができる。また,証拠偽造罪における証拠は物理的な物証・人証に限られ,人証の証言ないし供述はこれに含まれないのであるから,そもそも「証拠」の偽造にあたらないともいえる。

(3)したがって,乙の行為に証拠偽造罪は成立しない。

3 犯人隠避罪について

(1)乙が行ったのは虚偽の供述によって,犯罪事実の証明を妨げるものであるから,蔵匿以外の方法で官憲による発見・身体拘束を免れさせる行為に当たるから隠避であるかが問題となる。この「隠避」とは,単に犯人の特定を害することではなく,犯人等の身柄確保を害する性質の行為として考えられる。犯人の身柄確保を害する性質の行為であれば,犯人蔵匿等罪が守ろうとする刑事司法作用を害することにもなるのであるから,これを処罰することも同罪は想定しているといえる。

(2)しかし,本件では甲は逮捕・勾留中であるから,そもそも犯人の身柄拘束を妨げる隠避行為と言えないのではないか。これについては,現になされている身柄拘束を免れさせることも,結局は犯人の身柄拘束を妨げさせる行為に当たり,隠避行為に当たるといえる。したがって,逮捕・勾留中の甲を不起訴にさせ,釈放させるために虚偽の供述をする行為には,犯人隠避罪が成立する。

 

第2 甲の罪責について

1 甲は,乙に対し,自己に対して隠避行為を行うように働きかけている。そこで,甲には犯人隠避罪(刑法103条)の教唆犯(刑法61条)が成立しないか。

2(1)そもそも,犯人隠避罪は犯人本人が行う場合にはこれを処罰の対象とはしていない。なぜなら,犯人が自らの身を隠そうとすることは自然なことであり,そのようなことをしないことに対しても期待可能性がないからである。しかし,犯人が自己以外の者を引き込んで隠避させることについては期待可能性がないとは言えず,これを共犯として処罰することは可能である。

(2)共犯としては共同正犯(刑法60条)と教唆犯が考えられるが,犯人が隠避罪の正犯足りえないことは前記の通りであるから,ここでは教唆犯が成立するかが問題となる。教唆犯が成立するためには,「人を教唆して犯罪を実行させたこと」,すなわち,犯罪を実行させる決意をさせ,実際に犯罪が実行されたことが必要となる。

(3)これについて,犯罪が実行されたことについては上記の検討の通りである。では,本件で乙は,甲に教唆されて犯罪の実行に及んだのであろうか。乙は,甲から話を持ちかけられた段階では,あまりに荒唐無稽な内容を話して直ちに発覚するようなことになればやりたくないと思っていたことから,甲から隠避について持ちかけられた段階では「犯罪の実行を決意」したとは言えない。しかし,乙は,具体的なアイディアを述べたところ,それに対して甲がなかなか説得的だからそのようにしてくれと述べたので,A検事に対して,虚偽の供述をしているのである。そうすると,これらの一連の流れをみれば,乙は甲の働きかけによって犯罪を行うかどうかの判断をすることとし,自己のアイディアを述べて,甲が賛成したことで,犯罪実行の決意を固めたということができる。これは甲の働きかけ・賛成を起点として,犯罪実行を決めたということができるから,乙は甲の教唆によって「犯罪の実行を決意」したといえる。

(4)以上から,甲には犯人隠避罪の教唆犯が成立する。

以上