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47.当事者からの主張の要否(2)代理人による契約締結

民事訴訟判例百選47事件-当事者からの主張の要否(2)代理人による契約締結

-最高裁昭和33年7月8日第三小法廷判決-

1.事案の概要

 Xは,昭和24年3月18日,Yとの間で,Yが買い受ける黒砂糖をXが斡旋すると約束し,同年3月から4月までの間に黒砂糖4300斤をYに斡旋したと主張して,4万3000円の支払いを求めて本訴を提起した。

2.審理の経過

 第一審はXの請求を認容。Yは控訴

 原審は,証人尋問,本人尋問などの結果に基づき,XとYの代理人Aとの間に,本件斡旋に関する契約が締結されたと認定して,控訴を棄却。

 Yは,原審が,当事者が申立てていない事項に基づいて判決したと主張して上告。

3.判旨

 民訴186条〔現246条〕にいう『事項』とは訴訟物の意味に解すべきであるから,本件につき原審が当事者の申立てざる事項に基づいて判決をした所論の違法はない。なお,斡旋料支払いの特約が当事者本人によってなされたか,代理人によってなされたかは,その法律効果に変りはないのであるから,原判決がXとY代理人Aとの間に本件契約がなされた旨判示したからと言って弁論主義に反するところはなく,原判決には所論のような理由不備の違法もない。

4.検討

(1)問題の所在

この判例は弁論主義の第一テーゼに関するものと紹介されるものである。すでに百選46事件の解説で述べられていると思うが,弁論主義の第1テーゼとは「法律効果の発生消滅に直接必要な事実(主要事実)は,当事者の弁論に現れない限り,判決の基礎とすることができない」というもので,これは主張責任ないし訴訟資料と証拠資料の峻別を意味するものとされる。本判例は,この第一テーゼに関連して,代理人による契約の締結の事実が主張されていないにもかかわらず,これを当事者本人によるか,代理人によるかは法律効果の点で変わりないから,その主張がなくとも弁論主義に反しないとしたものである。

しかし,代理人による意思表示によって本人に効果帰属するのは,民法の代理の規定に関する法規の規定によって初めて効果を得ることができるものである[1]。そうすると,この判例は当事者から主要事実について主張を不要としたものと読むことになるのではないかが問題となる。

(2)学説の動向

 この問題について,学説は次のような状況にある。

①主要事実の主張がないにもかかわらず裁判所が事実を認定することになるので,本件が代理による契約を認定したことは弁論主義に違反するという見解。

②ある主要事実についての当事者の主張の内容と,これに対する裁判所の認定の内容との間に同一性が認められる限り,両者が厳密に一致している必要はなく,本件の場合は当事者による契約の成立の中に,代理人による契約の締結の事実主張も含まれているという見解[2]

③当事者の主張というのは,当事者が主要事実として明確に主張したものに限るものではなく,主張事実が何らかのかたちで弁論に現れていればよいとして,主要事実が弁論に現れていることを要求する理由は「不意打ち」の防止にあると考えて,本件では証人尋問や当事者尋問によってその事実が現れているから,これに基づいて裁判所が代理による契約を認定しても弁論主義違反とならないという見解[3]

(3)各見解からの帰結

 ①の見解によれば,本判例は弁論主義違反となり,破棄されるべきだったということになる。これに対して,②は証人尋問や当事者尋問によって,代理による契約が間接主張されていたないしは弁論の全趣旨から主張されていたとみて弁論主義違反はないと考えることになろうか。一方で,③は弁論主義違反を認めたうえで,しかし,そもそも弁論主義における主張責任を基礎づける理由としての不意打ちはないのであるから,破棄差し戻しをするほどのものではないと考えることになる[4]

(4)この判例の射程

 この判例の読み方には様々あるところであり,実際に射程がそれほど広いものとはされていない。しかし,この問題について問われた場合[5]においては,いずれの見解によるにしても,弁論主義の第一テーゼが働く範囲並びに弁論主義と不意打ちの防止の関係については整理しておく必要がある。

 なお,弁論主義の問題と不意打ち防止の問題は切り分けるべきであるとの近時の有力説があることには留意されたい[6]

以上

 

[1]要件事実としてみても,当事者による場合は,①斡旋契約についてのXY間の合意であるのに対し,代理による場合は,①斡旋契約についてのXAの合意,②AがYのためにすることを示したこと(顕名),③①に先立ち,YがAに代理権を与えたこと,であり,全く異なるものである。

[2]この中にも,(1)証拠資料に顕れた事実は間接主張があるとするもの,(2)証拠資料の提出があったことを1つの材料として「弁論の全趣旨」により,その主張があるとするもの,(3)主張なき事実を立証しようとして証拠の申出があったときは,その事実を主張するかどうかの釈明義務があるとするものにわかれる。もっとも,これらは排斥しあうものではなく,こうした見地から裁判所が救済を図ることになると考えているものである。坂井芳雄「契約が代理人によって成立したことの主張を要するか」判タ71号46頁参照。

[3]田辺公二「契約が代理人によって成立したことの主張を要するか」判タ71号47頁は,当事者が証拠調べの過程を通じて,その事実が裁判所によって相手方に有利に認定される危険を十分に予知しかつこれに対する防御方法をつくす機会が与えられていた限り,すなわち不意打ちの生ずる危険が全くない限り,裁判所がこれを認定して判断の基礎とすることは差支えないとしている。

[4]高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版〕』424頁註23参照。しかし,判例は弁論主義違反すら認めていない点は注意が必要である。

[5]平成24年司法試験民事系科目第3問においてはこの判例の射程を問う問題が出ている。出題趣旨においても,第一テーゼが主要事実について働くものであること,代理権の発生原因事実等は主要事実であることを指摘して論じることが望ましいとしており,これらを踏まえたうえで不意打ちの問題にもっていくことが素直か。

[6]山本和彦『民事訴訟法の基本問題』136~138頁参照。