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5.ピカソ盗取計画

ピカソ盗取計画

  1. 甲の罪責について

(1)甲は,A社倉庫に忍び込むために準備をして,倉庫の塀を飛び越え,敷地内に侵入している。これは倉庫の管理権者の意思に反する立ち入りであり,その敷地についても一体となって建造物への侵入として評価される。したがって,甲に建造物侵入罪(刑法130条前段)が成立する。

(2)甲は,ピカソ作の絵画を盗取しようとして,A社の倉庫へ忍び込むことを計画していた。そうすると,その倉庫に侵入すべく,その倉庫のドアの鍵をバールで壊そうとして時点で,A社の財産権侵害の危険性が高まったといえ[1],その時点で窃盗(刑法235条)の実行の着手があったといえる。

(3)しかし,ドアの鍵をバールで壊そうとしたものの手間取っているうちに,警報装置を聞いた警備員のCが事務所から倉庫へ駆けつけている。甲はこのCによって自身が逮捕をされるのを免れるために,空に向けて拳銃による威嚇射撃を行っているが,これに事後強盗罪(刑法238条)が成立しないか。

 事後強盗は窃盗犯人による暴行・脅迫を一連の経過に照らして強盗と評価するものである。そのうち,財物を取り返されることを防ぐために行われる暴行・脅迫については,文言上当然に窃盗が既遂であることを前提とするが,逮捕免脱・罪証隠滅のための暴行・脅迫については,未遂の場合でも行うことができ,この場合も強盗に準じる危険性を有するので事後強盗が成立するというべきである。

(4)そうすると,この甲によるCへの威嚇射撃が,強盗にいう暴行・脅迫に当たるかが問題となる。強盗にいう暴行・脅迫は相手の反抗を抑圧する程度のものであることを要する。甲はCに向けて拳銃を発砲したわけではなく,物理的な接触もあるわけではないから暴行に当たるということはできないが,拳銃のような殺傷力の高い武器を示して,空に向けて発砲すること自体が間接的にその相手方はその反抗を抑圧するものといえる。したがって,甲の威嚇射撃は逮捕を免れるための脅迫にあたり,甲には事後強盗罪が成立する。

(5)Cは甲の威嚇射撃に驚いて身を隠す際に,腕に擦過傷を負っている。甲はこの強盗の機会に行われたCの傷害結果について,事後強盗傷害罪(刑法240条)の責を負うか。この点について,刑法240条は,強盗の機会における暴行・傷害によって,被害者に重大な結果が生じることが刑事学情顕著であることにかんがみて,それを重く処罰する目的で規定されているものである。そうすると,軽微な傷害結果までこれで処罰しようとすることは,行為者を過度に重く処罰する結果となる。したがって,ここでの傷害結果は医師による加療を要する程度の傷害をいうと考えるべきである。本件でCは擦過傷による全治7日間の傷害を負っており,これは医師の加療を要するとまでは言えないので,強盗傷害罪の傷害行為とは言えない。

(6)そうすると,甲はCに擦過傷を負わせる目的で拳銃による威嚇射撃を行ったわけではないから,せいぜい過失による傷害として過失傷害罪(刑法209条)が成立するにとどまる。ただ,これについては強盗として評価すればよく,包括一罪として処理される。

(7)以上から,甲には建造物侵入罪と事後強盗未遂罪(刑法238条,243条)が成立し,両者は牽連犯(54条1項後段)として処断される。

 

  1. 乙の罪責について

(1)乙は,甲とともにA社倉庫への侵入を図っており,塀を乗り越えているので,この点について建造物侵入罪(刑法130条前段)の共同正犯(刑法60条)が成立する。

(2)では,乙に事後強盗の共同正犯は成立するか。乙は,実際に絵画の盗取へ向かった甲と違い,裏口から出て倉庫前で見張りをしていたに過ぎないが,それは実行者内部での役割分担に過ぎず,乙も盗取絵画の売上代金を得る目的で犯行にかかわっている以上,この盗取についての正犯意思[2]が認められる。

 そうすると,ここでは乙に事後強盗についての甲との共謀があったかどうかが問題となる。この点については,絵画の盗取計画の中で盗取に関する共謀があったことは間違いない。そして,逮捕を免れるために暴行等を行うことについても,裏口の鍵を開け,見張りを立てて犯行に及ぶことを予定していたことからして,できるだけ速やかに犯行を行い,発見された際は何らかの方法により逮捕を免れて,逃走することまで共謀[3]していたといえる。そうすると,甲と乙の間に事後強盗罪についての共謀は認められ,それが暴行によるものか強迫によるものかは同一構成要件間の錯誤[4]にすぎず,乙の故意は阻却されない。

 したがって,乙には事後強盗罪(刑法238条)の共謀共同正犯が成立する。

(3)甲によるCへの過失傷害も事後強盗によって生じる軽微な傷害結果として共謀の射程に含まれているので,これについても乙は共同正犯による責を負う。しかし,これが強盗罪と包括一罪になることについては上述。

(4)以上から,乙には甲との(共謀)共同正犯として,建造物侵入罪(刑法130条前段)と事後強盗罪(刑法238条)が成立し,これらは牽連犯(刑法54条1項後段)となる。

以上

 

[1]物色行為が普通は窃盗の実行行為への着手。しかし,倉庫内部に人がいた場合はたぶんこれだけでは実行行為には当たらない。

[2]共謀(共同正犯の範囲の確定)⇒実行行為⇒正犯意思という順番がいい?⇒特にしばりはない。

[3]共謀そのものは主観面で確定させればいいけれど,共謀の射程とは,何等か犯罪行為について共謀し,それとの因果性が問題となる。因果性が認められれば,その共謀に基づく犯罪行為の結果として,共謀共同正犯としての帰責が可能となる。

[4]窃盗と事後強盗の間は共謀ないし共謀の射程の問題。事後強盗の中の暴行か脅迫かという部分については,手段面における錯誤があるが,これは具体的事実の錯誤として故意は阻却されない(解説23頁)。