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52.裁判所の釈明権

民事訴訟判例百選52事件-裁判所の釈明権

-最高裁昭和45年6月11日第一小法廷判決-

1.事案の概要

 Xは,Y1会社,その代表者Y2,取引相手Aを相手に売掛代金の支払いを求めて訴えを提起した。そこでの法律構成は,XとAが売買契約を締結し,その代金支払いについてY1,Y2が連帯保証するものであったとXは主張している。なお,XはAに対して商品を納入する際は,Y1からの依頼で,Y1の名義でそれを行っていたという事情がある。

2.審理の経過

 第一審は,XA間の契約関係を否定し,これはXの商品の納入はAのY1に対する注文に基づいてY1の下受的立場で行われたものと認定した。したがって,XA間の請求は棄却されている。しかし,Y1,Y2に対しては,YらはXに対し,XがY1の名義でAから代金の支払いを受けられることを保証したので,Xの請求をその約束の履行とみれば正当であるとして,請求認容している。Y1,Y2が控訴。Aについては棄却で確定。

 原審では,Xは,「商品の納入は,Y1名義でなされ,Xに対する代金の支払いは,Y1において負担する約定であり,Y2は右債務について連帯保証をした。よって,右約定に基づいて代金の支払いを請求する」と主張した。原審はこの約定を認定し,控訴を棄却した。

 Y1,Y2は前記Zの主張は原審における裁判所の釈明に応じてなされたものであり,Xの訴訟代理人は裁判所の上記構成についての釈明について「そのとおりである」と陳述したにすぎないのであるから,このような釈明権の行使は,釈明権の範囲を逸脱しており,違法と主張して上告。

3.判決要旨

 上告棄却。

「釈明の制度は,弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し,訴訟関係を明らかにし,できるだけ事案の真相をきわめることによって,当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられたものであるから,原告の申立てに対応する請求原因として主張された事実関係をこれに基づく法律関係が,それ自体正当であるが,証拠資料によって認定される事実関係との間に食い違いがあって,その請求を認容することができないと判断される場合においても,その訴訟の経過やすでに明らかになった訴訟資料,証拠資料からみて,別個の法律構成に基づく事実関係が主張されるならば,原告の請求を認容することができ,当事者間における紛争の根本的な解決が期待できるにかかわらず,原告においてそのような主張をせず,かつ,そのような主張をしないことが明らかな原告の誤解又は不注意と認められるようなときは,その釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも,事実審裁判所としては,その権能として,原告に対しその主張の趣旨とするところを釈明することが許されるものと解すべきであり,場合によっては,発問の形式によって具体的な法律関係を示唆してその真意を確かめることが適当である場合も存する」とした。その上で本件については,当初はXA間の売買契約とXY1,XY2 間の連帯保証契約であったが,原審第二回口頭弁論期日においてXは裁判所から釈明を受けて,Y1の下請となる契約を結び,しかし,Y1がそれによってAから受ける代金を受け取れる契約となっており,Y2もその代金について連帯保証しているとの主張に代えている(これは訴えの変更と捉える)。このような主張変更は,裁判所の釈明によるものであるが,Yらはこの原審第二回口頭弁論期日において,その訴訟代理人のおこなったY2の本人尋問の申請の中で,(連帯)保証人となった事実はないことを尋問事項としており,その点を争うことを念頭に置いていたのであるから,これらの訴訟経緯を踏まえれば,上記釈明は事実審裁判所のとった態度としても相当であり,釈明権行使の範囲を逸脱した違法はないとした。

4.検討

(1)釈明権と本判例の問題の所在

釈明とは,民事訴訟法149条に定められた裁判所の権限に基づいてなされるものである。これには事実についての主張を質したりうながしたりすることだけではなく,立証活動を促すことも含まれる[1]。この釈明については釈明義務が認められる場合があるとされる。判例もその釈明義務に違反する場合は上告破棄等の問題が生ずることになることを示している[2]。ただ,これは釈明権不行使にかかわる問題であり,本件は釈明権が行使された場合にそれが不相当として違法となることがあることがについて問われている。

(2)本判例と釈明権行使の限界

 本判例は,裁判所が訴えの変更を促すような釈明をしたことの違法性が問われている[3]。そして,判例は釈明が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも,その訴訟の経緯に照らせば,原告に釈明することが許され,場合によっては,発問形式によって具体的な法律構成を示唆して真意を確かめることが適当であることを示した[4]

 判例はこのように示したが釈明権行使が違法となる場合,つまり釈明権行使に限界があるかどうかはまだ明らかでない。この点について,学説は限界を肯定するものが多数である。おおよそは時効の援用権についての釈明が念頭に置かれている。時効の援用権を釈明することはそれすなわち訴訟の結果を逆転することになるからである。

(3)釈明権の行使の適否?当否?

しかし,このような限界があると言っても,これを超えたところで当・不当の問題になるにすぎないともされる。つまり,上記のような時効の援用権の釈明であっても,それは裁判所の行為規範として当否の問題にすぎず,評価規範として判決に影響を及ぼす適否の問題としては扱われないのである。これは釈明権の行使で明らかにされた事項があるからといって,それによってなされた判決を破棄する意義が薄いことにある。当事者においては,今度は自分から主張すれば足りるからである。

 

[1]釈明権の総論的整理については,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版〕』436頁以下参照。

[2]消極的釈明については比較的釈明義務違反が認められやすいが,積極的釈明は当事者の訴訟追行の稚拙さによって生じるところがあり,それは本人に帰責されるべきというところがある。結局,釈明義務違反を認めるべきかは,裁判の結果が逆転する蓋然性が高く,当事者の公平にも反しないような場合かどうかによるものと考えられる。前掲1高橋438頁。

[3]これはあくまで実務が旧訴訟物理論に立つことを前提とする。新訴訟物理論に立つのであれば,判例の事案は代金支払いを求める地位についての法的観点の指摘に過ぎないからである。

[4]訴えの変更についての釈明が許されるかについては,百選52事件解説3以下参照。