ちむブログ

書評とか備忘録とか

76.引換え給付判決

民事訴訟判例百選76事件-引換え給付判決

-最高裁昭和46年11月25日第一小法廷判決-

1.事案の概要

 XはYに対して,木造2階建て店舗の階下部分(以下,「本件建物」という。)を賃貸していた。契約は当初昭和28年に締結され,2年ごとに更新され,最後は昭和32年12月31日,期間を2年,賃料を月2万5000円と約定したものであり,Xは更新拒絶の意思表示をしないまま上記期間が満了した。

Xは本件建物を取り壊して,その跡地に近代的高層ビルを建てることを計画して,昭和34年10月にYに対し書面で賃貸借契約の解約の告知をし,Yに明け渡しを求めた。Yがこれに応じなかったため,Xは更新拒絶による本件建物の無条件明渡しを求めて訴えを提起した。また,同訴訟の口頭弁論期日において,Xは予備的請求として300万円の立退料の提供を正当事由の補強条件とし,その支払を引換えに本件建物の明渡しを求めている。

2.審理の経過

 第一審は,無条件の解約告知には正当理由がないとして,主位的請求を棄却。予備的請求を認容して,300万円の立退料と引換えに本件建物の明渡しを命じた。

 原審は,「特に反対の意思がうかがわれない限り,解約申入をする者はその主張する金額に必ずしもこだわることなく,一定の範囲内で裁判所にその決定を任せていると考えるべきである」として,正当理由を認めるに足りる立退料を500万円として,その支払と引換えに本件建物の明渡しを命じた。Y上告[1]

3.判決要旨

 上告棄却。

「原審の確定した諸般の事情の下においては,XがYに対して立退料として300万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し,かつその支払と引き換えに本件係争店舗(筆者注:上記でいう本件建物)の明渡をもとめていることをもって,Xの右解約申入につき正当事由を具備したとする原審の判断は相当である。所論は右金額が過少であるというが,右金員の提供は,それのみで正当事由の根拠となるものではなく,他の諸般の事情と総合考慮され,相互に補充しあって正当事由の判断の基礎となるものであるから,解約の申入が金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになるものと判断される場合であっても,右金員が,明渡によって借家人の被るべき損失のすべてを保証するに足りるものでなければならない理由はないし,また,それがいかにして損失を補償しうるかを具体的に説示しなければならないものでもない。」

4.検討

(1)原告の明示の申立額を超える立退料の支払と引換えに明渡しを命じた問題

 本判決の最も問題となる点は,原告の明示額を超える立退料との引換え給付判決を命じた点である。この点について,従来の伝統的民訴理論によれば,当事者の申出がないのに,あるいはその申出額を超えて,一定の金額の支払いと引き換えに明渡の請求を認容することには否定的にならざるを得ない。そのような権限を裁判所に付与する実体法上の根拠を欠くからである。

 しかし,解約告知における正当事由の判断には,貸主と借主の双方の利害を調整するところがあり,それ自体非訟的性格を内在している。また,訴訟戦術の問題としても,原告としては,立退料の申立ては少なめにして,裁判所に一任したい意向を表明しがちであり,裁判所としても,立退料が正当事由を補完するものである以上,当事者の申立額に拘束されていては柔軟な判断は行いにくい。そうすると,この申立額にある程度幅を持たせて,実際上の要請に応える方向にいく。どの程度の幅が許容されるかどうかは,当事者の予測の範囲内か,当事者の主張と同一性を保っているかという観点から検討されることになる。

 これを処分権主義の趣旨に翻って見れば,原告の請求として同一性を保っているか,つまり原告の意思に適っているかという点,当事者の予測の範囲内にあるか,つまり当事者にとって不意打ちにならないかという点から判断がなされることになる[2]

(2)その他の問題

 ア 原告からの申立てがないのに立退料の支払いとの引き換え給付判決がなせるか

 これは弁論主義の問題が出てくるので不可能である。本件でも,予備的請求がなされているからこそ,正当理由の有無とともに判断されている。立退料の申立てがある請求と申立てのない請求が同一訴訟物といえるかについて議論もあるが,いずれにせよ立退料の申立てがない以上,その点を審理することは弁論主義違反になるのであるから,ほとんど問題となることはない。

 イ 立退料の支払の引換え給付判決をもとに立退料の支払を求めることができるか

 これをすることはできない。立退料の支払いは,本件で言えば,本件建物の明渡を求める強制執行の開始条件に過ぎない(民事執行法31条1項)。訴訟で審理されているのは,明渡請求権の有無である以上,この立退料支払い部分については債務名義とならないのである。

 そうすると,賃借人側として,この立退料の支払いを求めたいときは,予備的反訴を提起すべきであるとの見解が有力である[3]。この見解は,引換え給付判決が成立した以上,賃貸人には,立退料支払義務が信義則上認められると解する。この実体権に基づいて,予備的反訴を提起するのである。一方で,この見解に反対するものもある。そもそも立退料の支払いは実体法上,正当事由の補完にすぎない。これを信義則上の実体権として家屋等を返却すれば立退料返還請求権が発生すると考えると,借家を多く持つ賃貸人はその終了時期によっては立退料の支払い義務で破産の危険すら生じうるからである。

 

[1]ただし,上告理由としては,立退料の提供と引換えに明渡しを命じたこと自体については不服を申し立ててはいない。額が少ないことを主張したにとどまる。千種秀夫『最高裁判所判例解説-昭和46年度-』540頁。

[2]前掲1千種545頁以下,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下)』241頁以下参照。

[3]我妻学『民事訴訟判例百選〔第4版〕』163頁,前掲2高橋246頁註釈19参照。特に高橋註釈19に詳細な分析があるので,詳しくはそこを参照のこと。