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80.信義則による後訴の遮断

民事訴訟判例百選80事件-信義則による後訴の遮断

-最高裁昭和51年9月30日第一小法廷-

1.事案の概要

 A所有の土地について,自作農創設特別措置法による買収処分があり,同土地がBに売り渡された。その後,A・Bが死亡し,Aの相続人の一人のX1が,Bの相続人Y1,Y2およびCに対して,AB間の土地の買戻契約の締結を主張して,同土地の所有権移転登記請求の訴えを提起したが,同請求は棄却された。しかし,X1とAのほかの相続人X2~X4はBの相続人Y1・Y2とYから土地の一部を譲り受けたY3を相手に,土地の買収処分の無効を理由とする所有権移転登記の抹消登記に代わる移転登記手続きを求める訴えを提起した。

 第一審は,請求棄却。原審は,本件控訴は同一紛争の蒸し返しで信義則に反するとして,第一審判決を取消し,訴えを却下。X1ら上告。

2.判旨要旨

「右事実関係の下においては,前訴と本訴は,訴訟物を異にするとはいえ,ひっきょう,右Aの相続人が,右Bの相続人及び右相続人から譲渡を受けたものに対し,本件各土地の買収処分の無効を前提としてその取戻しを目的として提起したものであり,本訴は,実質的には,前訴の蒸し返しというべきものであり,前訴において本訴の請求をすることに支障もなかったにもかかわらず,さらにX1らが本訴を提起することは,本訴提起時にすでに右買収処分後約20年も経過しており,右買収処分に基づき本件各土地の売渡を受けた右B及びその承継人の地位を不当に長く不安定な状態に置くことになることを考慮するときは,信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。」

3.検討

(1)判決への評価

民事訴訟法は,当事者間の紛争を終局的に終結させ,紛争の蒸し返しを禁じるため,既判力制度を設けている(法114条,115条)。既判力は,原則として,確定判決の主文中の訴訟物に関する判断にのみ生じ,確定判決ある前訴と訴訟物を同一にする,先決関係にあるまたは矛盾抵触関係にある後訴に対して及ぶ。しかし,判決は,前訴と後訴の訴訟物が異なる場合でも,すでに前訴の確定判決があり,後訴がその単なる蒸し返しと認められるときは,信義則に照らし許されないとして後訴を排除できる旨最高裁が初めて判断をしたものである。

(2)確認

一応,訴訟物について確認をしておく。前訴は売戻契約に基づく移転登記請求権であり,後訴は買収処分の無効に基づく抹消登記に代わる移転登記請求権である。判例実務の旧訴訟物論によれば,これは明らかに訴訟物を異にする。一方で新訴訟物論によれば,これは移転登記請求を求める実体法上の地位は同じものであることから,訴訟物は同一である。したがって,これを既判力の限界の問題として捉える以上,判例は旧訴訟物論を採用しているとみるほかない[1]

(3)判決が出した後訴排斥の要件と効果

判例は,前訴と後訴で訴訟物が異なる場合に,後訴を排斥する根拠として,①両訴訟で原告が得ようとする目的が同じものであり,実質的に後訴が前訴の蒸し返しであること,②原告は,前訴で,後訴と同じ請求をすることに支障がなかったのにそれをしなかったこと,③後訴提起時にすでに買収処分後20年を経過しており,後訴の提起を認めた場合,相手方の地位を不当に長く不安定な状態に置くことになること,をあげている。これらをみたした場合に,信義則上後訴が排斥され,訴えが却下されることになる。この効果面でも,既判力が後訴で前訴の判断を争えないというものであるのに対して(つまり,後訴の請求が棄却されるか,もしくは訴えの利益がないことにより訴え却下がありうるにとどまる),信義則が後訴を排斥する,つまり訴えを却下する点に特徴がある[2]

(4)学説の動向

 学説の動向としては,新堂説の影響が大きいので取り上げておく[3]。これは判決効の再構築をするものとして考えられており,判決効に「手続事実群」による調整を施すものである。すなわち,訴訟終了段階で判決にいかなる効力が付与されるかを判断する際,訴訟物概念が唯一決定的な基準ではなく,判決効は手続事実群と呼ばれる具体的な手続経過や紛争過程の諸々の状況[4]による調整を受けるのであり,訴訟で実際に主要な争点として審理判断された事項はもとより,それに関連する事項で実際に争点とされなかった事項でも,相手方当事者が最終決着がついたと期待し,その期待を保護することが手続事実群から公平であるとされる事項は「正当な決着期待争点」として判決効の対象に取り込まれる。

 この手続事実群による判決効の調整と争点効は類似点も認められるが,以下の点で異なる。つまり,手続事実群はいうなれば事柄の総称であり,要件がそれなりに整備されている争点効とは異なる。したがって,争点効で処理しうる事項は争点効で処理するのが優れており,また,手続事実群による処理は,単に手続き事実群と述べるだけでは足りず,手続き過程のどのような事柄から当該遮断という評価が導かれるのかを具体的に示したうえでなされるべきである。

(5)手続事実群の理論は判決効の縮小へ向かうか

 残された課題として,手続事実群による調整を受けた判決効というのは,訴訟物の範囲より狭い遮断効というのを認めるのかというものがある。これについては,一般論としては認められそうであるが,手続事実群の内実として両当事者の合意や動向を措定すると,既判力が職権調査事項であり既判力を否定する合意は許されないというテーゼと衝突する虞がある。一部請求の理論や訴えの利益にも関わるところでもあり,議論がなされていくべき問題である。

 

[1]高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版〕』669頁。

[2]下級審レベルでは,請求を棄却するものもある。学説も,主張レベルでの排斥にとどめて請求棄却とする方が望ましいという見解が強い。百選解説のほか後掲3)221頁参照。

[3]争点効や手続事実群によるもののほかに既判力拡張説,統一的請求権説,黙示の中間確認の訴え説などがある。詳細は畑宏樹「信義則による後訴の遮断」『Law Pracitice民事訴訟法』218頁以下参照。

[4]前訴で争点を絞った趣旨,裁判所の訴訟指揮や釈明,事件についての時間の流れ,被告側の対応策の有無(たとえば反訴提起が可能であったか)があげられている。前掲1)673頁。