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Ⅰ-1.契約の締結と合意の瑕疵

Ⅰ-1 契約の締結と合意の瑕疵

1.XのYに対する請求権

 Xは,Yに対し,2002年4月1日に締結した甲4の売買契約(民法555条)について,錯誤無効(民法95条),詐欺取消し(民法96条1項),消費者契約法4条2項による取消し,債務不履行解除(民法541条以下),瑕疵担保責任による解除(民法570条)を理由として,不当利得返還請求権ないしは解除に基づく原状回復請求権(民法545条1項)により,代金2500万円の支払返還請求をすることが考えられる。以下では,これらをどのように法律構成して主張を基礎づければよいか検討する。

 

2.不当利得返還請求権を訴訟物とする場合の請求原因

(1)不当利得構成

 錯誤無効,詐欺取消し,消費者契約法4条2項による取消しを理由として,XのYに対する請求を基礎づける請求原因は不当利得(民法703,704条)である。そこでの請求原因は①Xの損失,②Yの利得,③損失と利得の間の因果関係,④法律上の原因の不存在となる。これは不当利得を当事者間において一般的・形式的には正当視される財産的価値の移転が相対的・実質的には正当視されない場合に公平の理念に従ってその矛盾を調整する原理として理解することによる(衡平説)。

 ①,②,③については,2002年4月1日にXY間で締結された売買契約(以下,「本件契約」とする。)によって,XからYに同日に500万円,同年5月1日に2000万円の計2500万円が支払われたことによって基礎づけられる。では,④の法律上の原因の不存在について,Xは何を主張すればよいか。

(2)法律上の原因の不存在の内容

(a)錯誤無効

 Xとしては,本件契約は錯誤により無効であり,契約が初めからなかったものであるとして法律上の原因の不存在を主張することが考えられる。では,本件契約においてXにどのような錯誤があったといえるのか。

 Xは「甲4が眺望の良い建物である」と考えて本件契約を締結している。それは甲4そのものの有する性質を含意して意思されたのではなく,Xの甲4購入の意思表示をするにあたっての動機に過ぎない。つまり,Xは甲4を買おうという意思をもって意思表示をしているが,それは意思形成過程での錯誤であり,それに基づいて意思表示を行ったことは動機の錯誤にすぎないのである。

 民法95条本文は「意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは無効とする」と定めているが,これは表意者の意思と表意者の表示が不一致の場合を念頭に置いて考えられている。したがって,動機の錯誤は原則としてこの「錯誤」に含まれない。なぜなら,意思表示から生じる法律効果に対応した意思が実際に存在しているのであれば,当該意思表示を無効とする理由はないからである(意思原理)。この意思形成過程といった通常相手の認識できない動機を理由とする錯誤無効を認めると,相手方の正当な利益を害する虞がある。

 しかし,こうした信頼を害さない場合もありうる。判例などはその動機が相手方に表示されれば法律行為の内容となり,もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合には,例外的に動機の錯誤は民法95条における「錯誤」となると解している(信頼主義)。

 確かに,例外を認める必要はあるが,ただ動機を表示しただけで相手方にリスクを転嫁するのは妥当でない。契約における情報収集のリスクは本来両当事者が負うべきものであり,そのようなリスクをただ表示しただけで相手方に転嫁するのは妥当でないからである。ここではリスクを転嫁できるだけの両当事者の合意が要求されると考えるべきである(合意主義)。そうだとすれば,動機の錯誤が例外的に民法95条にいう「錯誤」となるためには,当該動機が表示されただけではなく,それを両者の合意の下で意思表示の内容としたことを要すると解すべきである。

 本件において,Xは2002年3月15日にY側のAに対し,「眺めがとても気に入りましたので,甲4を購入したいと思います」と告げている。これにより眺望が阻害されるような建物等が空き地乙に建つことはないということが動機として黙示的に表示されている。また,Y側としても,本件契約締結過程におけるやり取りとして,Xから「ここの空き地にマンションでも建てば,せっかくの景色も台無しですね」という発言に対し,Y側のAが空き地は国有地で公園を作る計画になっていると述べている。加えて,甲4の価格につき同程度のマンションより1割ほど高い2500万円で売買の合意がなされている。ここから眺望を阻害するような建物等が空き地に立つことはないという契約内容についてのリスクの引き受けをYがするという合意があったといえる。

 したがって,本件のXの動機の錯誤も民法95条にいう「錯誤」に当たるといえる。

あとはかかる「錯誤」が要素の錯誤といえるかどうかが問題となるが,要素の錯誤といえるためには主観的因果性と客観的重要性が要求される。すなわち,錯誤制度は本来表意者を保護するための制度であるから,表意者が自己の錯誤を知っていたとしても同様の意思表示をしただろうといえる場合にまで錯誤無効を認める必要はなく,したがって,錯誤がなければ表意者はそのような意思表示はしなかっただろうといえることが必要である(主観的因果性)。また,主観的因果性だけでは表意者が錯誤を重要と思いさえすれば錯誤無効が認められてしまい,相手方の取引安全が著しく害されることになるので,ここでは錯誤があれば表意しないことが取引一般の通念に照らして相当といえることが必要である(客観的重要性)。

 本件では,仮に錯誤がなかった場合,Xとしてはわざわざ同程度のマンションより1割も高い甲4を買おうとすることは2500万円の価格設定に反映された事情が存在しない以上ありえないし,またそのように考えるのが取引一般の通念に照らして相当といえる。

 したがって,Xの錯誤は民法95条の「法律行為の要素の錯誤」にあたり,無効の主張が認められる。

 以上から,Xは不当利得に基づく請求の請求原因をみたす。

(b)詐欺取消し

 Xとしては,本件契約がY側のAの詐欺に基づくものであるとして民法96条1項による取消しを主張することが考えられる。本件契約が取り消されれば遡及的に契約は無効となり(民法121条),錯誤における無効と同様に効果を考える得ることができる。

 民法96条1項の詐欺取消しが認められるためには,ア.詐欺の故意,イ.詐欺の事実,ウ.それによって表意者が錯誤に陥って意思表示をしたこと,エ.取消しの意思表示が必要となる。

 本件で詐欺が認められるかは,詐欺をどう考えるかによって分かれる。XとしてはY側のAが乙にマンションが建つことを黙秘したことが沈黙により詐欺に当たると主張するであろうが,これが詐欺に当たる違法な欺罔行為としての詐欺の事実となりうるのかが問題となる。

 そもそも,単なる沈黙が違法とされるためには相手方に情報提供義務が認められなければならない。取引社会においては自己責任の原則が妥当し,一般に情報提供義務は認められないことから,原則として沈黙は違法な欺罔行為となりえない。もっとも,例外的に相手方が義務を負う場合として情報を提供しないことが相手を加害するような場合がある。これは情報収集義務が本来その個人の責によるものではあるが,相手方が他人を加害することを知っているときにその情報を告げないことは信義に反することに基づく。したがって,他者加害に当たるような事実を認識してこれを黙秘する行為は違法な欺罔行為に当たると解する。

 本件でY側のAにおいては,XがYに対して甲4の購入の申し込みをした時点で,乙の不動産業者Kへの払い下げの事実を認識しており,その上でこれをXに告げていないという事情がある。しかし,不動産業者が買い取るからと言って,常に眺望を阻害するようなマンションが建つことまでY側が認識できるかといった問題がある。そうすると,かかる事実を告げないだけでYに沈黙による欺罔行為という詐欺の事実が認められるとまでは言えない。よって,詐欺の事実は認められない。

 仮に,Y側が乙に眺望を阻害するようなマンションが建つことを認識していた場合は,それが沈黙による詐欺としてイ.をみたす。そのとき,ア.のY側のAに詐欺の故意は認められるであろうし,かかる情報に触れなったXはそれによって錯誤に陥り,甲4の売買契約を締結する意思表示をしたといえるためウ.も充たす。

 また,XからYに対する取消しの意思表示については,2003年7月1日,Yに対して,甲4を返却するから2500万円を返すよう求めたことがその意思表示になると考えるべきである。確かに,厳密に「取り消す」といった旨を表示しているわけではないが,厳密に「売買契約を取り消す」といった意思表示をしないと取り消しが認められないのでは,民法がわざわざ取消権を認めた趣旨を没却するため,この程度の表示で足ると考える。

 よって,この時はエ.もみたし,詐欺取消し(96条1項)が認められ,Xの請求原因も基礎づけられる。

(c)消費者契約法4条2項に基づく取消し

 省略

 

3.解除に基づく原状回復請求権を訴訟物とする場合の請求原因

(1)債務不履行解除(民法541条以下),瑕疵担保責任による解除(民法570条)を理由とするとき,その請求原因は①XY間の売買契約の締結,②XからYへの代金の支払い,③解除原因,④XからYへの解除の意思表示である。

 本件において,①は2002年4月1日のXY間売買契約の締結,②は2002年4月1日の500万円の支払い,同年5月1日の2000万円の支払い,④については,XからYに解除の意思表示をすればよい。では③を充足するか,以下検討する。

(2)解除原因の内容

(a)債務不履行解除

 債務不履行解除が認められるためには,債務不履行の事実が必要となり,本件ではYの情報提供義務の発生原因事実とYの情報提供義務違反がそれに当たる。ここで問題となるYの情報提供義務が認められるかである。

 この点については,情報提供義務のような契約の本来的な債務ではなく付随的な債務は契約の要素に入るとは言えず,これに違反があったからといって本来的な債務を解除することは認められないとするのが原則である。しかし,付随的債務とはいえそれが重要な意味を持つのであって,その不履行が契約目的の達成に重大な影響を与えるものである場合には,付随的債務における義務違反であっても解除原因となるものと解すべきである。

 なお,契約目的が達成不可能とするのを請求原因で基礎づける必要があるとする見解もあるが,このような重大な付随義務においてその違反があれば契約目的が達成できないことは強く推認されるため,逆に契約目的が達成できることが抗弁となるものと解する。

 本件において,Yに情報提供義務が認められるとした場合は(ここは本来は設問の事情から情報提供義務が認められるかを認定する必要がある。場合分けする場面ではない。あてはめ落ち。Yの専門家性から押していくか?),YはXに対し「乙が払い下げられる」との事実を告げなかったのであるから,情報提供義務違反があるといえる。

 したがって,③の解除原因も認められ,XはYに解除の意思表示をすることで,本件契約は解除され,原状回復をする必要が生じる(民法545条1項)。よって,請求原因が基礎づけられる。

(b)瑕疵担保責任に基づく解除

 瑕疵担保責任に基づく解除が認められるためには,解除原因としてア.目的物に瑕疵があること,イ.それが不表見であることが必要となる。目的物に瑕疵があるにおける「瑕疵」とは契約の目的物が契約上予定された性質を欠いていること(主観的瑕疵概念)である。また,瑕疵が不表見であることによって買主の善意・無過失が推認されるため,悪意・有過失は抗弁にまわる。

 本件ではXY間で乙に眺望を阻害するマンションが建たないことが契約内容として合意されており,それがKによるマンション建設のボーリング工事によって阻害されており,瑕疵があるといえる。また,かかる瑕疵はXが甲4を購入した時点で不表見であった。よって,瑕疵担保責任における解除原因が基礎づけられ,XはYに対し解除の意思表示をすることで,請求原因は充たされる。

 

4.Yの抗弁

(1)錯誤無効に対する抗弁

 Xの錯誤無効の主張に対しては,それが重過失に基づくものであったとの抗弁が考えられる(民法95条但書)。そこでは重過失の評価根拠事実を抗弁事実として指摘する必要がある。

 しかし,本件ではXの重過失を基礎づける事実はなく,かかる抗弁は失当となる。

(2)債務不履行解除に対する抗弁

ア.前述のように契約目的の達成可能が抗弁になるが,乙にマンションのボーリング工事が始まってしまった以上,そこにマンションが建つことを中止させることは難しく,そうだとすれば乙に眺望を阻害するような建物が立たないという契約目的を達成することは社会通念上不可能と言ってよく,抗弁は立たない。

イ.帰責事由不存在の抗弁

 債務不履行において,解除を認めるのは,過失責任に基づく契約の拘束力からの解放である。そうだとすれば,ここにいう帰責事由とは,債務者の故意・過失及びそれと信義則上同視できる事由である。

本件でYが帰責事由がないとするのは難しい。

(3)瑕疵担保責任による解除に対する抗弁

ア.契約目的の達成可能

 これが認められないのは3(a)参照。

イ.瑕疵について悪意・有過失

 Xは瑕疵について善意・無過失であったため,かかる抗弁は認められない。

 

以上