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Ⅰ-4.契約の履行と受領障害

Ⅰ-4 契約の履行と受領障害

1.XのYに対する目的物引渡し請求

(1)請求原因

 Xとしては,Yに対して,売買契約(民法555条)に基づいて,その目的物たる冷凍近江牛1トンの引渡しを求めることが考えられる。したがって,Xとしては2003年4月1日に冷凍近江牛1トンを代金500万円でYから買ったといえばよい。

(2)抗弁

ア.履行期の合意の抗弁

 これに対してYは抗弁として履行期の合意を主張して反論することが考えられる。履行期の合意は法律行為に関する付款であり,契約の効力に関する冒頭規定説に従えば,付款は契約の本質的要素ではないため,その存在が自己にとって有利となる者がその存在を主張する必要がある。そして,履行期の合意は履行期が到来するまで履行しない期限の利益が付与されるという意味でYに有利なものであるから,Yによる主張を要する。

 本件では民法135条1項の停止期限が合意されている。それは引渡し期日について「後日Xが指定する日時」とされている点である。そうすると,かかる履行期の合意を主張することで,YはXの請求を拒むことができる。

イ.同時履行の抗弁

 本件は双務契約の売買契約であることから,Yは同時履行の抗弁権(民法533条本文)を主張して,Xの債務の履行があるまでは,Yの債務の履行を拒絶すると反論することができる。

ウ.履行不能の抗弁

 債務が履行不能となれば,その債務を履行する権利は消滅する。したがって,かかるYの反論は履行請求権が消滅する抗弁となる。もっとも,本件で冷凍近江牛1トンは,一定の種類に属するものの一定量の引渡しを目的とする債権であり,種類物債権である。種類物債権について債務者は特定が生ずるまで調達義務を負うので,履行不能となるためにはまず種類物が特定したといえる必要がある(民法401条2項)。

 本件で冷凍近江牛1トンは売買契約において引き渡し場所を「京都市左京区〇町×番地 X会社第一倉庫」とされていることから持参債務と解される。持参債務が特定したといえるためには,現実の提供が必要となる。しかし,本件においてYは現実の提供を行っていない。そうすると,特定が認められないため,履行不能も起こりえないように思える。

 ここで検討すべきは本件売買契約の特殊性である。確かに,本件売買契約は持参債務とされているが,その履行に当たっては引渡し期日の指定によるXの協力が必要となる。そすると,本件債務は弁済に債権者の一定の行為を要する点で取り立て債務と類似していると考えられる。そこでこの場合は取立債務のルールを類推して特定を基礎づけることができると解すべきである。取立債務の特定のためには,目的物を分離して,口頭の提供をする必要があるが,本件でYは2003年6月20日に目的物を分離し,同日その旨をXに告げていることから特定があったとしてよい。

 そして,本件冷凍近江牛1トンは腐敗によって滅失しているといえるから,履行不能となる。よって,本件履行不能の抗弁が成立する。

エ.代金支払い債務の履行遅滞解除の抗弁

 契約当事者の一方が解除権を行使したとき,契約の履行を請求する権利は消滅する。そうすると,Yは本件契約を解除したことを抗弁として主張することが考えられ,そのためには解除権の発生原因とその行使を主張する必要がある。

 本件では代金支払い債務の履行遅滞として民法541条の解除を主張することが考えられるが,そのためには①YからXへの催告,②催告後相当期間の経過,③同時履行の抗弁権の不存在を基礎づける事実,を解除権を基礎づける解除原因として主張し,その発生した解除権について④YはXに対し解除する旨の意思表示をすることが必要となる(催告説)。

 このように履行遅滞解除を認める要件事実が構成されるのは,412条3項を原則形態として解釈することで履行請求権の場合との平仄を合わせるためである。すなわち,履行遅滞とするためには催告をすれば足り,履行期の合意や弁済はこれらの再抗弁にたつと考える。

また,解除の催告は,履行遅滞の催告によって兼ねることができると解される。さらに,双務契約の解除に当たっては,双務契約の締結で同時履行の抗弁権が基礎づけられるため,その存在効果をなくすべく,先履行の合意または反対債務の履行の提供が必要とされる。

 かかる見解に対して,催告だけで契約の拘束力の解放を認めるべきでないとして,以下のような見解がある。すなわち,契約当事者の一方が履行期に債務を履行しない場合,その履行を催告し,その催告から相当の期間が経過したときは契約を解除できると541条を解釈すべきであり,履行期の合意がない場合は,債権者が履行の催告をしたにもかかわらず,債務者が相当の期間経過後も履行をしないときは契約を解除できると541条および412条を解釈するものである。ここでは要件事実として前者では,履行期の合意,履行期における不履行の事実が,後者では,催告,催告後相当の期間経過後において不履行である事実が①催告に代わって必要となる(不履行説)。しかし,かかる見解に対しては不履行の事実を主張・立証するとするのは難しいという批判があり,採用できない。

 本件では,①,②,④を基礎づける事実は存在するが,③の同時履行の抗弁権の不存在を基礎づける事実として,代金債務の先履行の合意か,冷凍近江牛1トンの引渡し債務の履行の提供を主張しなければならないが,かかる事実が存在しないため,解除権が発生しておらず,解除は認められない。

オ.日時指定義務の履行遅滞解除の抗弁

 上記の催告説に従うとしたうえで検討するに,本件ではXは日時指定義務を負っており,かかる指定義務の履行遅滞を捉えて債務不履行解除を主張することが考えられる。そこでは,①日時指定義務の発生原因事実,②日時指定義務履行の催告,③催告から相当期間の経過,が解除権を基礎づけ,④解除権の行使のYからXに対する意思表示で解除がなされたこととなる。なお,日時指定義務は何かと同時履行の関係に立つわけではないので,同時履行の抗弁権の不存在を基礎づける必要ない。

 本件で,XYは売買契約に当たって引渡し期日をXの指定に係らしめる旨合意しており,ここにXの日時指定義務の発生原因があるといえる。そして,Yは6月20日,Xに対して日時指定を促しており,そこから相当期間と思われる期間も経過していると考えられる。そうすると,①から③は充足するので解除権は発生しており,Yは④解除権を行使すれば,Xの請求を拒むことができる。

(3)再抗弁

ア.履行期到来の再抗弁

 1(2)アの履行期の合意の抗弁に対して,Xは履行期の到来(民法135条1項)があるといえれば,かかる抗弁を阻却してXは請求をしていくことができる。もっとも,本件でXは履行期とされる期日の指定をしておらず,この到来はまだないと考えられる。したがって,再抗弁は成立しない。

イ.先履行の合意の再抗弁

 1(2)イの同時履行の抗弁に対して,Xは533条ただし書きから先履行の合意を再抗弁として主張することができる。すなわち,同時履行の抗弁権の主張者において,自己の債務を先履行とする合意があるときは,同時履行の抗弁は認められない。本件において,XY間では決済条件を冷凍近江牛1トンの「引渡日の翌月10日」としており,明らかに近江牛の引渡しがなされた後に代金の支払いが予定されていることから,売買目的物の引渡しが代金の支払いの先履行となっている。したがって,再抗弁がたち,Yの同時履行の抗弁は認められない。

ウ.帰責事由不存在の再抗弁

 1(2)エ,オに対しては,債務不履行について債務者Xに帰責事由が存在しないことを再抗弁として主張することが考えられる。これは過失責任原理に基礎をおくものであり,契約の拘束力からの解放を認めるためには,債務者に帰責性が認められなければならず,それは少なくとも過失に基づくものである必要があるとされるのである。そこでいう帰責事由とは,債務者の故意,過失,または信義則上それと同視すべき事由とされる。

 本件でXに帰責事由不存在とは言えないのではないか。よって,再抗弁はたたない。

 

2.XのYに対する損害賠償請求

(1)請求原因

 Xとしては,Yの冷凍近江牛1トンの履行遅滞ないし履行不能を捉えて,債務不履行に基づく損害賠償請求を行うことが考えられる(民法415条)。

ア.履行遅滞による損害賠償

まず,冷凍近江牛1トンの引渡し債務の履行遅滞の場合を考える。Xが損害賠償をするための請求原因は①債務の発生原因事実,②債務の本旨不履行,③損害の発生とその数額,④債務不履行と損害の間の因果関係,⑤同時履行の抗弁権の不存在である。これは①でYの債務の存在を主張し,②でその不履行があったこと,すなわち,履行期の合意と履行期の経過を主張することとなる。また,③で損害の額を確定し,④不履行と因果関係のある損害だけ賠償責任を負うものとされる。加えて,本件は双務契約たる売買契約(民法555条)であることから,同時履行の抗弁権の存在効果を消すだけの事実を主張する必要がある。このような要件構成,特に不履行について,その内容を履行期の合意とその経過で足るとするのは,履行請求に対して弁済の抗弁がたつように,債務不履行に基づく損害賠償請求についても弁済を抗弁に位置付けて,これらの平仄を合わせるためである。一方,履行遅滞解除の場合と要件構成が異なるのは,損害賠償請求の場合,解除と違って手続要件が課されておらず,そこで常に催告を要するとするのは不合理であることから412条3項を原則形態として採用することができないからである。

 この点について,②の本旨不履行を,履行期の合意,履行期における不履行と解する不履行説が415条の解釈としては妥当であるという見解もある。しかし,これについては解除の場合と同様,不履行の事実を主張・立証するのは困難であることから採用できない。

 ③でいう損害とは,債務不履行がなかったとしたら債権者が置かれていたであろう利益状態と,債務不履行がなされたために債権者が置かれている利益状態との差を金額で表現したものとされる(差額説)。そして,この④賠償範囲としては民法416条の解釈として,以下のように解される。すなわち,416条1項は相当因果関係を定めた規定であり,事実的因果関係があり,そこに相当性が認められる範囲の通常生ずべき損害はすべて賠償される必要があるとし,2項で特別の損害については,債務者の予見可能性が認められれば,この賠償範囲に含まれるとするのである。

 本件では,①債務の発生原因事実,すなわちYの冷凍近江牛1トンの引渡し債務は2003年4月1日に締結された売買契約によって基礎づけられる。一方,②本旨不履行については,冷凍近江牛1トンの引渡しの履行期はXの指定する日との合意があるが,その後期日が指定されておらず,履行期は経過していない。よって,履行遅滞による債務不履行に基づく損害賠償請求は認められない。

イ.履行不能による損害賠償請求

では,同債務の履行不能による債務不履行に基づく損害賠償請求によればどうか。この場合,Xは①債務の発生原因事実,②履行不能,③損害の発生及びその数額,④履行不能と損害の因果関係を請求原因として主張する必要がある。②については,冷凍近江牛1トンが種類物であることから,それが滅失するためには特定された必要があるが,これについては上記で述べた。すなわち,a.弁済に債権者の行為を要すること,b.冷凍近江牛1トンの分離,c.口頭の提供である。これが行われたうえで,冷凍近江牛1トンが滅失したと言えば履行不能となる。

 本件では,①はみたす。②についても,1(2)ウで述べたような事実から,冷凍近江牛1トンは特定し,それが腐敗により滅失したと言え,履行不能といえる。③については,冷凍近江牛1トンの転売利益などが損害になると思われるが,詳細は不明である。

(2)抗弁

Yとしては,2(1)ア,イにおいて,帰責事由不存在の抗弁を主張することが考えられる(民法415条)。この点について,YはAをして冷凍近江牛1トンを保管させていたところ,そこの管理の不手際で冷凍近江牛は腐敗している。かかる履行補助者の問題と債務者の帰責性がどう結びつくのか検討を要する。

履行補助者の分類については,復代理人の規定が類推される。すなわち,民法106条の類推から,履行代行者の使用が給付の性質上許される場合には,履行代行者の故意・過失について常に責任を負うとされる。また,民法105条の類推から,債権者の許諾またはやむを得ない事情がある場合には,選任・監督について責任を負うとされる。さらに,民法104条の類推から,履行代行者が使用できない場合には使用したことについて責任を負うとされる。

そして,これらは帰責事由を債務者の故意,過失,又はそれと信義則上同視すべき事由の信義則上同視すべき事由に当たるものと解されて,帰責事由となる。

本件において,冷凍近江牛1トンの引渡しはそのために牛肉を彦根から京都に運ぶものであり,性質上運送業者たるAを使うことができると考えられる。よって,民法106条の類推によりYはAの故意・過失につき常に責任を負う。そして,Aは運送の専門業者であることからすれば,冷蔵の保管庫が故障することについて故意,少なくとも過失がなかったとは言い難く,帰責事由が認められるのではないだろうか。

もっとも,Yが冷凍近江牛1トンをAに保管させ,Xに対して日時指定を促したことにより,Xの受領遅滞責任(民法413条)を基礎づけることが考えられる。そうすると,Yの注意義務が軽減され,適切な専門の運送業者Aを選任し,必要な指示を与えていれば,帰責事由の不存在が認められることもありうる。

 

3.YのXに対する代金支払い請求

(1)請求原因

 YはXに対して売買契約に基づきその代金の支払いを請求していくことができる。そのために必要な請求原因は,民法555条に従い売買契約締結の事実であるから,YはXに対して2003年4月1日,冷凍近江牛1トンを代金500万円で売ったといえばよい。

(2)抗弁

ア.履行期の合意の抗弁

 民法135条から履行期の合意があることはXの抗弁となる。すなわち,冷凍近江牛1トンの引渡し日の翌月10日が履行期であるといえばよい。

イ.同時履行の抗弁権

 民法533条参照(省略)(消極的互酬原理に言及してもいいかも)

ウ.危険負担の抗弁

 Xは危険負担の主張をして,Yの請求に係る代金支払い債務は消滅したということはできないか。この点について,危険負担の構造をどのように理解するかが問題となる。

 危険負担とは,双務契約においては牽連性の原則が採用され,債務者主義が原則となり,536条1項はこれを確認的に規定した条文だと解釈する。そうすると,この原則の例外として債権者主義があり,それを定めたのが534条1項ということになる。この場合,Xとしては,危険負担における債務者主義を主張するべく,534条2項から①冷凍近江牛1トンの特定,②冷凍近江牛引き渡し債務の履行不能を主張していくことになる。具体的には,①a.弁済に債権者の行為を有すること,b.冷凍近江牛の分離,c.YからXへの口頭の提供,②特定された冷凍近江牛1トンの滅失である。そして,①a.b.c.及び②はみたされることから,牽連性の原則から,債務はともに消滅したという抗弁が成立する。

エ.解除の抗弁

  (省略)

(3)再抗弁

ア.3(2)アに対する履行期の到来の再抗弁

 Yとしては,冷凍近江牛1トンの引渡しをしていない以上,通常の履行期が到来した事実を主張することは困難である。そこで,Yとしては,民法130条の類推適用を主張していくことが考えられる。

 本件では,冷凍近江牛1トン引き渡し債務の履行期にある「期日を指定する」という条件と代金支払い債務の履行期にある「冷凍近江牛を引渡せば」という条件が類似している。そうすると,ここで日時指定を行わないということは,故意に条件を不成就とさせたものと類似していると考えられる。そこで,130条を類推適用し,履行期が到来することによって不利益を受ける債務者が,故意に履行期の到来を妨げた時には,債権者は履行期が到来したものとして履行を請求することができると解すべきである。

 この再抗弁を主張するためには,a.日時指定義務の合意,b.債務者の履行期における不履行,c.bについて債権者が故意であったことが必要となる。

 本件では,a.は認められる。b,cについても認められれば,かかる再抗弁が成立する。

イ.3(2)イに対する再抗弁

■弁済の再抗弁

 (省略)

民法534条2項の再抗弁

 牛肉引渡し債務は種類物であり,持参債務であるが,その履行方法が債権者の協力を要するので取立債務のルールを類推して,債務者の協力が必要なこと,分離したこと,口頭の提供をしたことで特定し,これの後滅失したことが言えれば,534条により債権者主義から代金債務は存続する。

■受領遅滞による危険移転の再抗弁

 

ウ.3(2)ウに対する債権者主義の再抗弁

 債務者主義の例外にあたるという主張として,534条2項及び534条1項から,①Yに目的物の滅失について帰責性が認められなければ,債権者主義により,債務は存続すると主張することが考えられる。

 本件でYに帰責事由は認めるかは,上記2(2)と同様であり,検討を要する。

(4)再再抗弁

ア.3(3)ウに対する危険負担の合意の再再抗弁

 (省略)

 

4.YのXに対する損害賠償請求

 Yは,Xの代金支払い債務の不履行を捉えて,債務不履行に基づく損害賠償請求をしていくことが考えられる(民法415条)。

(1)請求原因

 ①債務の発生原因事実,②債務の本旨不履行,③損害の発生とその数額,④債務不履行と損害の間の因果関係,⑤同時履行の抗弁権の不存在,である。履行遅滞であれば,②は履行期の合意と履行期の経過であり,履行不能であれば,②は履行不能である。

 (省略)

(2)抗弁

(省略)

ア.帰責事由不存在の抗弁

イ.弁済の提供

ウ.履行