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Ⅰ-5.契約の履行不能と危険負担

Ⅰ-5 契約の履行不能と危険負担

1.XのAに対する不当利得返還請求

(1)請求原因

 XはAに対して,売買契約(民法555条)の目的物たる甲が滅失したことから,危険負担に基づいて,売買代金として支払われた代金1億円を不当利得として返還請求することが考えられる。ここでの請求原因は,①被告の利得,②原告の損失,③利得と損失の間の因果関係,④利得に法律上の原因が不存在であること,となる。これは不当利得を当事者間において一般的・形式的には正当視される財産的価値の移転が相対的・実質的には正当視されない場合に公平の理念に従ってその矛盾を調整する原理として理解することによる(衡平説・民法703条,704条)。

 ①,②,③については,XA間売買契約の事実とそれに基づいて代金1億円を支払った事実を指摘することになる。すなわち,売買契約締結の事実としては,a.YがAと売買契約を締結し,b.Yはその際Xのためにすることを示しており,c.Xはa.以前にYに代理権を授与していたことを主張・立証することとなり(民法99条),代金はそれに基づいて支払われた事実を主張・立証することとなる。

 本件において,a.Yは2003年7月1日にAと甲の売買契約を締結し,b.その際YはXのためにすることを黙示的にとはいえ示していたと思われる。そして,c.XはYにa以前の2003年4月1日に代理権を授与している。したがって,XA間で売買契約は締結されており,それに基づいて2003年7月1日に代金1億円もAに支払われている。したがって,①,②,③は要件をみたす。

 では,法律上の原因の不存在についてはどうか。この点について,危険負担とは,双務契約においては牽連性の原則が採用され,債務者主義が原則となり,536条1項はこれを確認的に規定した条文だと解釈する。そうすると,この原則の例外として債権者主義があり,それを定めたのが民法534条1項ということになる。したがって,危険負担の原則系の適用がなされれば,それによって債務はなかったこととなり,法律上の原因が不存在となる。したがって,Xとしては④において,甲の滅失を主張・立証することになる。

 本件において,甲はA宅の火事による延焼から滅失している。したがって,甲の滅失によって危険負担(民法536条1項)により,法律上の原因が不存在といえる。

 よって,XがAに対してする,危険負担に基づく不当利得返還請求の請求原因は基礎づけられる。

(2)抗弁

ア.534条1項の適用の抗弁

 これに対して,Aは民法534条1項の債権者主義の適用を主張して,かかる請求を拒むことができないか。すなわち,危険負担は債務者主義が原則とされ,牽連性の原則が採用されているが,例外的に債権者主義となり,牽連性の原則が否定される場合が定められている。そして,民法534条1項はその規定であり,特定物に関する物権の移転を目的とした双務契約であって,それが債務者の責めに帰することができない事由によって滅失したときは,債権者主義となる。したがって,牽連性の原則が認められず,法律上の原因があるとする抗弁がたつと解されるのである。その時,Aが主張・立証すべきは,請求原因で特定物に関する物権の移転を目的とした双務契約であることは現れているため,①債務者の責めに帰することのできない事由による滅失である。ここでいう帰責事由とは債務者の故意,過失,又は信義則上これと同視すべき事由をいう。

 本件において,A宅からの出火によって甲が滅失しているので,この出火につきAに故意または過失がないと主張・立証できれば,帰責事由不存在の抗弁が成立し,Xの請求を拒むことができる。

(3)再抗弁

 Xは民法534条1項適用の抗弁に対して,危険をAが負担する合意があったとして,再抗弁を主張することが考えられる。民法91条は「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは,その意思に従う。」としており,民法534条1項はここでいう任意規定にあたるから,それと異なる合意を当事者がしていたのであれば,民法534条1項の適用が排除されるため再抗弁となる。そこで,Xは甲の部材の搬出が完了するまではAが危険を負担する合意があったことを主張・立証することになるが,この点について本件はどうか。

 かような合意があったとみられる事情,事実は本件事案において見受けられない。したがって,危険をAが負担するとの合意は認められない。よって,かかる再抗弁は失当である。

 

2.XのAに対する解除に基づく原状回復請求

(1)請求原因

 Xは上記請求原因以外にも,甲の滅失による履行不能に基づく解除による原状回復請求(民法545条1項)として,代金1億円の支払いを求めることが考えられる。その場合の請求原因は,①売買契約の締結,②代金の支払い,③解除原因(履行不能),④解除の意思表示である。

 本件において,XA間の売買契約はYの代理によって行われていることから,①を基礎づけるためには,a.YA間売買契約の締結,b.YのAに対するXのためにするとの顕名,c.a.以前にXからYへの代理権授与が必要となる。これについては,前記1(1)で充足されるから,認められるとしてよい。②についても同様である。③については,本件は履行不能に基づく解除(民法543条)であるので,Aの目的物引渡し債務の履行不能,すなわち,甲の滅失を主張・立証すればよく,これについても前記1(1)から認められる。すると,XはYに対して解除の意思表示をすれば,かかる請求原因が基礎づけられ,原状回復請求として代金1億円の返還を求めていくことができる。

(2)抗弁

 解除に基づく原状回復請求に対しては,民法543条ただし書きより,帰責事由不存在の抗弁がたつが,これについても1(2)の抗弁と同様に考えられるため,場合によっては認められる。

 

3.XのYに対する不当利得返還請求

(1)請求原因

 Xとしては,甲滅失による危険負担を理由とする不当利得返還請求(民法703条,704条)をして,代金3億円の返還を求めることが考えられる。この請求原因は上記1(1)と同様に考え,①被告の利得,②原告の損失,③利得と損失の因果関係,④法律上の原因の不存在として危険負担(536条1項)の適用を示す事実を主張・立証すればよい。

 ①,②,③については,2003年4月1日に,XY間で記念館の建築及び開設に関する一切の仕事を委託するとの請負契約(民法632条)が締結され,同日,この契約に基づく代金の一部としてXはYに3億円を支払っていることによって基礎づけられる。

 ④については,牽連性の原則から目的物の滅失により,その反対債務の代金支払い債務も消滅することとなるから,目的物たる甲の滅失が危険負担(民法536条1項)の適用を基礎づける事実であり,甲は2003年12月1日に火事により滅失している。

 よって,Xは危険負担に基づく不当利得返還請求としてYに代金3億円の支払いを求めることができる。

(2)抗弁

ア.536条2項の抗弁

 民法が牽連性を認め,債務者主義を原則とし,例外を債権者主義としたものと解することから,536条1項は原則を定め,536条2項,534条1項は例外を定めた規定と解される。すると,履行不能について債権者に帰責事由があること(民法536条2項)を主張・立証することで,536条1項の適用を排除し,代金支払い債務は存続することから,法律上の原因は存在するとの抗弁がたつと考えられる。

 しかし,本件においては債権者たるXに帰責事由が認められるような事情は存在しないことから,かかる抗弁は失当である。

イ.危険負担の合意

 前記1(2)アで述べたところによれば,任意規定と異なる内容の合意の存在を主張することで,任意規定の適用を排除することが考えられる(民法91条)。ここでは,Xが甲の移築完了までの段階についての金員として3億円を支払っているとみて,その限度で危険はXに移転しているととらえて危険負担の合意があるとするものである。すなわち,段階的な報酬の前払いの合意を以て,既払い部分について段階的にXに危険が移転するとの合意とみるのである。しかし,本件のような大規模な請負契約の場合には仕事完成までに他大の費用が掛かることから,工事の進捗に必要な費用を与えるために報酬の段階的な前払いがなされているにすぎないと考える方が素直である。したがって,かかる段階的な報酬の前払いを以て危険がXに移転しているとする合意があるとは言えず,かかる抗弁は失当である。

ウ.利得消滅の抗弁

 Yとしては,3億円のうち1億円を甲の売買代金として支払っている。そこでかかる部分についての利得は消滅しているとする抗弁がだせないか。

前記したように不当利得の制度趣旨を衡平に求めると,不当利得制度は民法704条を原則とし,善意者保護のために民法703条のルールが定められていることになる。したがって,善意の利得者であれば,利得は消滅したものとして,かかる利得消滅の抗弁をいうことができる(民法703条)。

ここで抗弁成立のための要件としては,①受益者Yの善意,②利得の消滅である。まず,①について,Yは善意であると考えられる(?)。また,②はXとの記念館建設請負契約の履行としてAと甲の売買契約を締結し,それの代金として1億円支払ったことから,Yにおいて利得は消滅しているといえる。よって,Yによる利得消滅の抗弁として,1億円の限度で利得消滅を主張することができる。

この点について,不当利得制度を類型論によって考える見解もある。すなわち,財産的利益の移転には,給付・使用収益処分・負担消滅という異なる類型が存在し,それらは,財産移転・財産帰属・負担帰属という異なる法内容において基礎づけられている。つまり,「法律上の原因」とは一元的にとらえられるものではなく,法自体が異なる法内容を定めており,規範そのものが趣旨のことなる法に分かれているという法の理念が採用されているというべきであるとし,したがって,財貨の移転や帰属の基礎となった法律関係を考察し,不当利得が問題となる場面を類型化して考えるべきであり(類型説),その中でも双方向的給付の場合は,契約に基づいて給付がなされた以上,法律上の原因が不存在の場合は,双方の給付を巻き戻すべきという契約の基本原理(原状回復)から,「契約に基づいて給付をしたものは,その給付につき法律上の原因がない時には給付を受けたものに対して,給付したものの返還を請求することができる」との不文法に基づいて不当利得返還請求が認められると解されるとする。このように不当利得制度を解釈すると,双方向的旧Fの場合は不当利得制度は双務契約の生産の場面で問題となるものであり,この時に利得消滅の抗弁を認めるのは明らかに一方に不利益をこうむらせるものであり,妥当でない。この点で,703条の規定はこれを想定した規定になっておらず,法の不備であるとして,たとえ利得消滅の抗弁を主張してもそれは主張自体失当であり,認められないこととなる。もっとも,本件では不当利得の制度趣旨について衡平説を採用する以上かかる結論にはならない。

エ.相殺の抗弁

(A)費用償還請求権との相殺

本件記念館建築請負契約は,Aから甲を買い入れることを委任する委任契約(民法643条)と,甲を移築し記念館に改築するという請負契約(民法632条)の二つの契約により構成されていると考えられる。そうすると,請負契約の部分については甲の滅失により履行不能となったが,委任契約についてはすでに履行がなされているといえる。そこで,Yとしては,民法650条1項に基づく費用償還請求権を自働債権として,Xの不当利得返還請求権と相殺(民法505条)させるとの抗弁を主張することが考えられる。

 民法505条によれば,相殺の要件は,①自働債権の発生原因事実,②相殺の意思表示であるとされる。なぜなら,通常対立する債権の存在は請求原因で基礎づけられており,それらが弁済期にあることは権利の発生から当然に基礎づけられ(権利不変更の原則),いまだ弁済期にないということやすでに弁済されたことを再抗弁として主張すべきだからである。

 本件においてこれを見るに,自働債権は委任契約に基づく費用償還請求権であり,これはXY間の委任契約の締結,その事務処理としてAとの間において甲の売買契約締結,YからAへの代金1億円の交付によって基礎づけられる。すなわち,1億円の費用償還請求権が発生し,それが自働債権となるのである。そうすると,YはXに対して,これと請負代金3億円の返還請求権と対当額において相殺するとの意思表示をすれば,相殺が認められる。

 よって,YはXの請求を相殺の抗弁により,1億円の限度で拒むことができる。

(B)解体工事費用5000万円を報酬による相殺

 Yは,甲の解体工事にかかった費用5000万円について,Xの不当利得返還請求権と相殺することができないか。この点について,相殺は前記と同様①自働債権の発生原因事実,②相殺の意思表示による。本件で①の自働債権となるのはYの請負契約に基づく労働給付である。すなわち,XY間で請負契約を締結し,Yはかかる請負契約に基づいて,甲を解体する工事を行い,その費用として5000万円の費用が掛かったものであるという点から,その分の工事費用として5000万円を労働給付として保持できるはずであるとするのを自働債権として指摘することとなる。もっとも,請負契約においては,請負人の債務は仕事完成債務である(民法632条参照)。そうすると,仕事を完成することが労働給付等を行った後の報酬請求の前提であるとともに,仕事完成までは費用負担・リスクは請負人が負担するものと解される。したがって,請負契約については原則として債務の一部既履行をもって,報酬を請求することは許されないと解すべきである。

 本件でもYの請け負った甲を移築して記念館として改築するという請負債務はいまだ仕事として未完成であり,そこにおける出来高分の価値相当額について報酬請求権が発生しているとは言えない。よって,自働債権がなく,相殺の抗弁は認められない。

(C)前払いされた1億円の報酬債権との相殺

 相殺の要件については同上。本件は委任契約と請負契約の2つの契約からなる委託契約であるが,委任契約,つまり甲をAから買い受けるという事務についてはすでに履行されており,本件委託契約の委任契約部分は履行が終了していると言え,民法648条2項によっても,報酬を請求することができる。一方,請負契約部分についてはいまだ仕事完成前なので報酬請求権は発生していない。以上から,Yとしては1億円の報酬のうち,委任契約に基づく報酬部分については自働債権として,これをXの不当利得返還請求権と相殺することはできるが,請負契約に係る報酬債権部分はいまだ請求する権利を有しておらず,相殺することはできない。

オ.一部不能の抗弁

 Yは,甲の買取り及び解体作業が計画全体の25パーセント程度を占めるとして,その報酬分2500万円の返還請求を拒むことができないか。この場合,Yとしては,履行不能によって消滅したのは未履行部分だけであるという一部不能の抗弁を主張することが考えられるが,どのような要件の下でかかる一部不能の抗弁が認められるのか問題となる。

 この点について検討するに,債務が全部不能ではなく一部不能であれば,反対債務も残存部分に対応する限度で存続する,そうすると,一部不能というための前提として,不能となった未履行部分とそうでない既履行部分を区別できることが必要である。また,本件でYが負っている請負の仕事完成債務は,移築・改装と解体であると思われるが,解体さえ終了すれば,その出来高部分を使って他の業者を使うことによって仕事を完成させることはできるのであるから,その有用な部分を評価して,本来請負は仕事が完成しなければ報酬請求できないところ,例外的に報酬請求権があると解すべきである。

 以上から,一部不能の抗弁が認められるためには,①仕事が可分であること,②可分の既履行部分が存在すること,③可分の既履行部分が有用であることが要件になると考える。

 これについて本件を見るに,本件記念館建築委託契約は委任契約と請負契約の二つからなっており,まず①これらは可分である。そして委任契約については,甲の買取りが主たる事務となっており,これについてはYはすでにAから甲の買い取りを済ませており,②可分の既履行部分が残っており,これを使えばXは他の業者を使って記念館建築の作業を行うこともできたのだから③有用であるといえる。したがって,この部分についての出来高は請求できる。また,残りの請負契約についても,かかる請負契約の仕事完成債務の中身は甲の移築・改装と解体であり,①移築・改装と解体はそれぞれ可分である。そして,解体は2003年11月30日に終了しており,既履行部分として存在する。さらに,解体部分の部材を搬出して,他業者をつかって記念館の移築・改装をすることはできるのであるから,③解体部分だけで有用なものであった。

以上から,Yはすでに終わらせた甲の買い取りという委任事務の出来高と甲の解体請負の出来高たる2500万円について,すでに報酬請求できるものとして返還を拒絶することができる。

 

4.XのYに対する解除に基づく原状回復請求

(1)請求原因

 XはYとの記念館改築委託契約を解除して,支払い済み代金3億円について原状回復請求していくことが考えられる。そこでの請求原因は,①記念館改築委託契約の締結,②代金の交付,③解除原因(履行不能),④解除の意思表示である。

 (省略)

(2)抗弁

ア.帰責事由不存在の抗弁

イ.費用償還請求権との相殺

ウ.解体工事費用5000万円との相殺

エ.出来高報酬2500万円についての一部不能の抗弁による支払拒絶

 (省略)

以上