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Ⅰ-6.契約不履行による損害賠償責任Ⅰ

Ⅰ-6 契約不履行による損害賠償責任Ⅰ

1.XのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求

(1)請求原因

ⅰ.Xは,Yが,売買契約に基づくF社製ディーゼル機関乙(以下,「乙」とする)の引渡しを怠った点を捉えて,債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)をすることが考えられる。そのための請求原因としては①債務の発生原因,②債務の不履行,③損害の発生とその額,④同時履行の抗弁権の不存在が必要とされる。

ⅱ.①ではXY間の乙売買契約締結の事実を主張・立証すればよい。本件では,Yが,Xに対し,2003年10月1日,乙を代金2億円で売ったという事実がこれに当たる。

ⅲ.②では民法415条から債務の不履行があることが必要とされる。本件では引き渡し債務の履行遅滞(民法541条)であると考えられるが,この債務の不履行を基礎づけるために具体的にいかなる事実を主張・立証する必要があるのか。この点について,履行期の合意とその経過を主張・立証すれば足るという見解がある(履行期の経過説)。これは,履行がなされたことは立証することは困難であり,また債務を消滅させる弁済(or弁済の提供)に当たるような事実は抗弁として相手方に主張・立証させるとするのが履行請求や解除の場合との平仄が合うとされるため主張されている。しかし,損害賠償責任は,自ら実現を約束した債務を実現できなかったことに対する制裁としての性格を持つものであるのだから,単に履行期を経過したというだけでは足りず,履行期に履行されなかったことまで主張・立証する必要があると考えるべきである(不履行説)。上記批判として履行がなかったことの証明は難しいというものもあるが,これに関しては一概にそうとも言えない。したがって,②を具体化すると,a.履行期の合意,b.履行期に履行がなかったことを主張・立証する必要がある。

 本件についてこれをみるに,2003年10月1日の乙売買契約締結時に乙の引渡しを2003年12月1日とする合意が存在し(a.充足),Yは乙をXに対して,2003年12月1日に引き渡していないので,履行期に履行もない(b.充足)。よって,②の債務の不履行も認められる。

ⅳ.③では,損害賠償請求なので,賠償されるべき損害の発生とその額を主張・立証しなければならないとされ,具体的には,a.損害の発生,b.a.の損害が賠償範囲に入ること,c.その金銭的評価が必要とされる。

 損害について,従来の伝統的通説は「債務不履行がなければ債権者が置かれていたであろう利益状態と,債務不履行があったことによって債権者が置かれている利益状態の差を金銭的に評価したもの(差額説)」としてきた点に注意が必要である。これは現行法の解釈としては妥当でない。差額説は,損害の判断に条件関係が組み込まれているところ,伝統的通説はこのような条件関係が認められる限り完全賠償責任を認めることを前提としており,そのうち不相当なものを排除するために相当因果関係を定めた規定が民法416条1項の規定だと解釈し,特別な損害については416条2項の予見可能性のルールによって相当性判断の基礎事情に含めることで賠償範囲に組み込もうとしている。しかし,416条は賠償される損害と賠償されない損害を仕分けるという発想に立った制限賠償を定めた規定であり,かかる解釈は前提の点から妥当でない。そうしたとき,損害は「債権者に生じた不利益な事実」を言うものと解するのが妥当である(損害事実説)。

 そして,因果関係については,債務不履行と損害との間に事実的因果関係があることが確定されたうえで,事実的因果関係の認められる損害のうちどこまでが契約規範の保護範囲に含まれるかの判断をする必要がある。すなわち,契約上の合意に基づいて契約規範から保護されるべき契約利益のみがその侵害に対して賠償されるという関係に立ち,そこではどこまでが契約として保護される契約利益であるかという判断が必要となり,それを民法416条が定めていると解釈するのである。416条1項はある種の契約をした場合に,その債務を履行しなければ通常生じると考えられる損害を賠償する義務を契約上負うことを定め,同条2項は,契約時に債務を履行しなければ相手方に損害を与えるようなことが予見可能であるような場合は,そのような損害を相手に与えない義務を契約上負うことを定めているとされる。そして,この予見可能性の時期については,通常契約時のリスクの引き受けの問題であるから契約締結時の事情を問題とするべきだが,債務者の機会主義的行動を抑止すべきという観点から,仮に契約時には予見不能であっても,債務者において不履行時に予見可能であればそれは特別の事情として含めてもよいと解すべきである。

 以上から本件についてみると,損害は(ア)XがZに1億円の損害賠償金を支払ったこと,(イ)XがZから船の代金22億円を取得できなかったこと,(ウ)XY間の約定よりも1億円高い3億円でZがAから代替物を調達したこと,(エ)Xが1年間営業できなかったことにより,1日当たりの営業外差損と事業税の計500万円が支出されたこと,(オ)Xが1年間営業できなかったことにより,営業により得られたはずの1年間,2億円の利益が得られなかったこと,(カ)Xが民事再生に追い込まれ信用が失墜したことがそれぞれ考えられる。これらはYの債務不履行と事実的因果関係が認められると考えられるが,保護範囲には含まれるのか。この点について,以下(ア)から(カ)の損害について検討する。

(ア)はXY間の債務不履行時に,XがZを相手方として船舶の売買契約を締結しており,1日につき100万円の遅延損害金を支払うとの特約を結んであることがYに予見可能であれば賠償範囲に含まれる。Xは2003年10月20日にXZ間の契約内容をYに説明していることから,債務不履行時たる2003年12月1日経過時においてYはかかる事情を認識・予見していた。したがって,(ア)の損害は賠償範囲に含まれる。

(イ)も同様に2003年10月20日にYはXからXZ間の契約の内容を説明されていることから認識・予見できたといえる。したがって,(イ)の損害も賠償範囲に含まれる。

(ウ)について,Yは不履行当時,乙と同種のディーゼル機関の値段が高騰している事実は認識・予見しており,その代替物の調達費用が少なくとも3億円以上かかることまで立証できれば,これも損害の賠償範囲に含まれる。

(エ)(オ)はともにXの造船所には船台が一つしかないことによって生じた特別損害であるから,かかる事情を不履行時にYが知っていれば賠償範囲に含まれる。本件でYがそのような事情があることを認識・予見できたとはいえず,賠償範囲には含まれない。(抽象的損害計算もこの場合は働かない?)

(カ)はXの完全性利益が害される場面である。これについても契約上YがXの信用等の完全性利益について保護義務を負っているといえる場合には,Yがこの保護義務に反して損害が生じさせた場合はYがこれを賠償する責任を負う。本件においてこれは損害額が明確ではないが,これも保護義務に含まれる範囲であればYは賠償責任を負う。

 では,Yはどれを賠償しなければならないのか。債務不履行に基づく損害賠償請求は契約実現型と契約清算型の賠償責任に分けて考えることができる。すなわち,契約実現型は債務が履行されていたならば,債権者が得ていたであろう利益状態を実現させるタイプの賠償であり,契約清算型は,債務不履行がなされたことによって生じた損害について,契約前の状態に服させるタイプの賠償である。前者によれば,Yは(ア)(イ)(ウ)(オ)(カ)の範囲で賠償すべきであり,後者によれば,Yは(ア)(エ)(カ)の範囲で賠償すべきということになる。

 前者によれば,28億円+αが,後者によれば,1億500万円+αが損害賠償すべき範囲及び額である。

ⅴ.④は本件ではXY間で締結された契約が売買契約という双務契約であることから,その存在効果として同時履行の抗弁権(民法533条)が基礎づけられることとなるため,せり上がりによって同時履行の抗弁権の不存在を主張・立証する必要がある。そのためには先履行の合意または履行の提供がなされたことを主張・立証していくことになる。

 しかし,本件では先履行の合意も履行の提供もない。確かに,代金債務のうち1億円分については引渡し債務の先履行となる旨の合意があるといえるが,引渡し時に支払うとされた代金5000万円については同時履行関係にあり,これについて代金を弁済として提供した事実も認められない。もっとも,Yは代金全額を2003年12月1日に支払わない限り,乙の引渡し債務を履行しないことを明確に示している。このように債務について履行期が合意された場合に,債務者がその到来前に債務の履行を拒絶したときは,債務者が同時履行の抗弁権を主張することは自己矛盾であることから,同時履行の抗弁権は主張できず,不存在となるものと解される。なぜなら,同時履行の抗弁権は積極的互酬性原理に基づくものであるが,履行期前にその履行を明確に拒絶している以上はこのような原理的裏付けを欠くことになるからである。したがって,Xとしては,Yのa.履行期前の明確な履行の拒絶をもって,同時履行の抗弁権の不存在を基礎づけることができ,本件でYはそのような意思を明確にしている。

 したがって,Xの請求原因はすべて基礎づけられ,Yに対して損害賠償を請求していくこととなる。

(2)抗弁

 上記のXの請求原因に対し,Yはア.帰責事由不存在の抗弁,イ.不安の抗弁,ウ.過失相殺の抗弁を主張することが考えられる。

ア.帰責事由不存在の抗弁

 民法415条によれば,債務者が帰責事由のないことを主張・立証すれば,債権者の損害賠償請求権の発生を障害することができる。ここでいう帰責事由の意義について争いがある。従来の通説は過失責任原理に基づいて損害賠償責任を負うだけの債務者の帰責性を指すものとし,そこでの帰責事由は故意,過失または信義則上これと同視すべき事由とされてきた。しかし,損害賠償責任を負うのは過失責任に基づくものではなく,むしろ契約遵守原理に違背する制裁として責任が生じるものである。そうだとすれば,帰責事由とは債務者の主観や事情ではなく,契約における外部的事情が介在したことによって債務が履行できなくなったことを言うと解すべきである。契約当事者は外部的事情が介在した場合には債務の履行をしなくてもよいという合意をするのが通常であり,それが契約遵守原理の例外として存在すると考えられる。

 そうすると,ここでは不履行の原因がYの外部的事情によって生じたことを主張・立証すればよいが,本件では乙が払い底状態になったことにより,4億円出さなければ納入できない状態になったことが,契約外部の事情といえるかどうかが問題となる。このような場合に契約を遵守しなくてもよいとされる合意がなされていたかの契約解釈によるが,通常2億円という売買代金設定からして,それを大幅に超える額での目的物の納入は予定された合意に含まれておらず,そのような事情が生じたことを外部的事情として不履行になったといえることから,Yは帰責事由が不存在といえる。

 よって,XのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求は認められない。

イ.不安の抗弁権

 不安の抗弁権とは,双務契約において,債務者が債務を履行すべき場合でも,相手方から反対給付を受けられない虞が生じたことを理由に自己の債務の履行を拒絶できる権利を言う。これは双務契約では,双方の当事者は互いに相手方から履行を受けることについて正当な信頼を有することから,この信頼を破ってはいけないという信義則上(民法1条2項参照)の義務違反として認められる権利である。

 したがって,双務契約において,反対給付が受けられない虞があることにより不安の抗弁権は基礎づけられる。そして双務契約であることは請求原因において明らかであるから、結局Y としては反対給付が受けられない虞があることを主張・立証すればよい。反対給付が受けられない虞の有無は、a.反対給付の重要性及びb.不履行の蓋然性を基準に判断される。

 本件では,Xの反対給付は代金債務であり,それが支払われなければ他にそれを担保する財産もないことから①反対給付の重要性は認められる。しかし,不履行の蓋然性を示す事実はXの取引銀行MがXから手を引くのではないかという噂にすぎず,不履行の「蓋然性」があるとまでは言えない。

 よって,不安の抗弁権は認められない。

ウ.過失相殺の抗弁(仮にアが認められないとした場合)

 Xが4億円出せばYは乙を納入できたにもかかわらず,Xがこれに応じなかったためYの負う損害賠償債務が増加している。そこでYとしてはXがこの代金交渉を受け入れなかった点を捉えて,損害軽減義務違反があるとして賠償額の過失相殺(民法418条)を主張していくことが考えられる。

 損害軽減義務とは,債務不履行による損害を縮小させ,又は拡大を防ぐため債権者が合理的な行動をとる義務のことを言う。しかし,債権者は常にかかる義務違反の責を負うのではなく,債務者がとった行動の結果が経済的に不合理・非効率的であっただけでは足らず,債権者が自らの地位を乱用して賠償額を徒らに増加させたというような場合に限って損害軽減義務違反を認め,過失相殺を認めるべきと解すべきである。

 本件で,Xの行動が自らの地位を乱用して損害賠償額を増加させたというような事情はなく,通常の債権者としての行動をとったに過ぎないから,かかる抗弁は認められない。

以上

 

※いつもは通説で書くところ,今回は債務不履行について不履行説,損害賠償の効果論について損害事実説,保護範囲説を採用してみました。