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Ⅱ-13.請求権競合―安全配慮義務違反と不法行為責任

Ⅱ-13.請求権競合―安全配慮義務違反と不法行為責任

第1 XのMに対する損害賠償

  1. 請求権相互の関係

(1)XはMに対して,損害賠償請求をしていきたい。そのための法律構成としては,(ⅰ)MのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を相続したと構成するもの,(ⅱ)MのAの生命侵害の不法行為によるXの固有の損害賠償請求権(民法711条)と構成するもの,(ⅲ) YのAに対する不法行為によって,Xの権利・法益も侵害され,その不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)と構成するもの(間接被害者構成)が考えられる。

(2)そして,これらについては(ⅰ)と(ⅱ),(ⅲ)の間においては異なる保護法益についての損害が問題となっており,訴訟物を異にすることから,両方請求をすることが可能である。(ⅱ)と(ⅲ)については,法律構成の差であることから,これらはいずれかの構成のみによることとなる。

2.(ⅰ)の構成

(1)(ⅰ)として構成する場合,その請求権発生の要件事実は,①Aの生命侵害[1],②Mの過失を基礎づける具体的事実,③②と①の間の因果関係,④損害の発生及びその額,⑤①と④の間の因果関係,⑥Aの死亡,⑦XはAの配偶者,となる。

 このような整理になるのは,不法行為に基づく損害賠償請求権の発生について定める民法709条は「よって」の文言を二回使っており,上記にように2つの因果関係で結ぶのが適切であること,相続については被相続人の死亡と相続人の存在について主張・立証すればよく(民法882条,890条),他に相続人がいないことまで主張・立証をすることまでは必要ではないと考えるからである(非のみ説)。

 この点について,生命侵害(被害者死亡)については相続の構成は取りえないという批判がありうる。特に即死の場合には死亡した者が死亡による損害賠償請求権を取得するというのはおかしいというのである。これに民法711条の規定も相まって,死亡による損害賠償請求権は相続されないという見解がある(民法896条参照)。ここでは遺族固有の損害賠償請求権を問題とするほかないとする(固有損害説)。しかし,そもそも民法711条は遺族の固有の保護法益を問題とするものであり,被害者の保護法益と異なるものである。そうだとすれば,両者は併存しうることから,民法711条が相続構成を否定する理由とはならない。結局,民法709条は財産的損害に加えて,精神的損害の賠償も認めているのであるから,これを生命侵害の場合だけ取り除く必要はないのであるから,相続構成によって賠償を認めるのが遺族の利益にも資するというべきである。よって,以上のような構成をとればよい。

(2)本件について検討するに,①Aは死亡しており,その生命侵害があることは認められる。②過失とは予見可能性に基づく,結果回避義務違反としての客観的注意義務違反のことを言う。Mはそこが地上5メートルの高さにあることから,物を落下させて地上にいる者に当たれば深刻な傷害・侵害となりうることを予見することができ,自身がそのような危険な現場に上るのが15年ぶりであるにもかかわらず,道具を固定しておかなかったことについては結果回避義務違反がある。したがって,Mに過失が認められる。③Mの過失行為によって生じた危険がAの生命侵害へと現実化したのであり,この現実化に影響を与えるような事情はない以上,②と①の間に因果関係は認められる。④Aの損害としては,生命侵害による逸失利益,手術代等の治療費[2],死の苦痛という精神的な慰謝料が考えられる。もっとも,逸失利益中の生活費についてはAの死亡によって,出費を免れるので信義則の見地から損益相殺でき,これは損害に含まれない。生活費を含めた請求をXが行った場合,Mはこれを抗弁として主張できる。⑤この因果関係は賠償範囲を定める因果関係であり,相当因果関係によって画されることから,相当因果関係を定めた民法416条を類推適用して考える。生命侵害によって生じる損害について,通常生ずべき損害として高度の蓋然性が認められるものについては相当因果関係のあるものとして因果関係が肯定される。⑥Aは死亡しており,⑦XはAの配偶者である。以上から,請求原因は認められる。

(3)抗弁としては,先に述べた損益相殺の抗弁の外に,過失相殺の抗弁(民法722条2項),素因減額の抗弁(民法722条2項類推)が考えられる。

ア‐Aの過失としては,ヘルメットの不完全装着が考えられる。しかし,これについて,ヘルメット自体はかぶっていたのであり,ひもを結んでいなかったに過ぎない。そうすると,ヘルメットをかぶることによって,上部からの落下物から頭を防御するというヘルメットの役割は果たされており,この点に不十分な点はない。ひもを結んでいたかどうかは,たとえば,体が飛ばされ転倒した際に,ひもを結んでいなかった場合には過失として問題となることはあっても,少なくとも上からの落下物に対する関係でひもを結んでいたかどうかで差が出るものではない。したがって,この点でヘルメットのひもを結んでいなかった不完全装着をAの過失として考慮することはできない。よって,過失相殺は認められない。

イ‐素因減額についてであるが,素因は元来その人が有している性質であり,人には個人差がある以上,異常なもの以外は被害者ではなく,加害者が受け入れるべきリスクである。そうでなければ,リスクを恐れて人の行動の自由が著しく制限される虞がある。したがって,ここで考慮される素因とはリスクを自己の内で処理すべき[3]病的なものに限るべきである。本件でいうところのAの素因は普通の人よりも頭蓋骨が薄かったというものである。これはAの知るところではなく,そのリスクを自己内部で処理すべきであったとは言えない。したがって,素因減額の抗弁として容れられる素因にあたらず,抗弁は認められない。

3.(ⅱ)の構成

(1)相続構成を採ったとしても保護法益が異なる以上,Mの不法行為によりXに固有の法益侵害が想定される。要件事実は,①Xの扶養利益・生活利益・精神的静謐の利益侵害,②Mの過失を基礎づける具体的事実,③②と①の間の因果関係,④損害の発生とその額,⑤①と④の間の因果関係,⑥Aの生命侵害,⑦XがAの配偶者となる。このような整理となるのは,民法711条の適用において⑥,⑦が必要となるからである[4]

(2)本件について検討するに,【省略】

 

(3)抗弁としては,Xの固有の損害が問題となっているので,被害者側の過失としてAの過失がMの抗弁となりうる(民法722条2項)。また,被害者側の素因減額の抗弁も検討しうる。【省略】

 

4.(ⅲ)の構成

(1)ここではAに対する権利・法益侵害があることで,それと危険関連性のあるXの権利・法益も侵害されており,それで損害が出たという後続侵害構成による間接被害者の損害賠償請求も考えられる。ここでの要件事実は,①Aの生命侵害,②Mの過失,③②と①の間の因果関係,④Xの権利・法益侵害,⑤①と④の間の危険関連性,⑥Xの損害,⑦④と⑥の間の因果関係ということになる。

(2)本件について検討するに,【省略】

 

第2 XのYに対する損害賠償

  1. 請求権相互の関係

(1)XはYに対して,損害賠償請求をしていきたい。そのための法律構成としては,(ⅰ)MのAに対する不法行為に基づいてその使用者たるYが使用者責任として負う損害賠償請求権(民法715条)をXが相続したと構成するもの,(ⅱ)YのXに対する固有の不法行為に基づく損害賠償請求権(民法711条)と構成するもの,(ⅲ)YのAに対する不法行為によって,Xが損害を負ったという不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)と構成するもの(間接被害者構成),(ⅳ)YのAに対する安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条)と構成するものが考えられる。

(2)そして,これらの請求権は請求権競合になると解すべきである。すなわち,請求規範の数だけ請求権は発生する。これは契約規範と不法行為規範が常に一方の存在を理由に一方の規範を排斥するものではないこと,また請求権の発生根拠としての規範も複数与えられる方が被害者保護にとって便宜であるということから認められる。

(3)以下,これらが請求権競合に立つことを前提として,個々の請求権が成立するかどうか検討する。

2.(ⅰ)の構成

(1)(ⅰ)として構成する場合,その請求権発生の要件事実は,①Aの生命侵害,②Mの過失を基礎づける具体的事実,③②と①の間の因果関係,④損害の発生及びその額,⑤①と④の間の因果関係,⑥事故当時,YはMの使用者であった,⑦事故当時,Mの行為はYの事業の執行について行われたこと,⑧Aの死亡[5],⑨XはAの配偶者,となる。

 このような整理となるのは,使用者責任(民法715条)を基礎づけるために,Mの不法行為が行われたこととして①~⑤を主張・立証し,それについて⑥,⑦を主張・立証することによって使用者が代位して賠償をすべきことを求められる。⑧,⑨については相続構成を採る故必要となる。

(2)本件について検討するに,【省略】

 

(3)抗弁としては,過失相殺の抗弁(民法722条2項),素因減額の抗弁(民法722条2項類推),損益相殺の抗弁,選任・監督上の注意の抗弁(民法715条1項ただし書き)が考えられる。【省略】

 

3.(ⅱ)の構成

(1)【省略】

 

4.(ⅲ)の構成

(1)(ⅲ)は安全配慮義務違反という保護義務違反から債務不履行が生じており,これに基づく損害賠償請求をするという構成である(民法415条)。安全配慮義務とは,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務とされる。その内容としては,危険防止のために適切な人的・物的設備を編成し,安全教育を施すこととされている。安全配慮義務が,義務者の相手方に対する指揮命令権限と結びつくものとして捉えられていることから,特別な社会的接触関係はこうした指揮監督命令関係のある実質的労働関係が生じる場合に限定されるべきであり,また,相手方の生命・身体・健康に関する「管理支配体制の確立」と結びつけられた義務であることから,人的・物的設備の編成に尽きるものであると解される。

(2)これを念頭に置いて,ここでの請求原因は,①Z・Y間の下請契約締結によるY・A間の指揮監督命令関係の構築[6](債務の発生原因),②債務の不履行としてのa.安全配慮義務[7]の内容,b.a.の違反,③Aの損害の発生とその額,④②と③の間の因果関係,⑤Aの死亡,⑥XはAの配偶者ということになる。

(3)本件について検討するに,①YはZと下請契約を締結しており,Zの被用者であるAは現場でYの課長であるMの下で,労務に服している。そうすると,ここに指揮命令監督関係が構築されており,実質的には雇用類似の関係があるものとして,Y・A間に労務指揮関係はあるといえる。②a.Yの負うべき安全配慮義務は物的・人的設備の編成であり,建築現場においては,建築の進行において現場の者に生じる危険を防止するべく,その現場を監督するものについては,その任に適する技能を有するものを選任し,かつ,その現場の作業員をして必要な安全上の注意を与えて,建築現場で起きうる危険を防止するべき義務ということになる。b.本件ではYは現場から15年離れており,現場の地上5メートルのような高さにある足場に上るようなことをしていなかったMを現場監督として選任しており,適切な者を任命しておらず,必要な安全上の注意を与えることもなかったことからその義務に反しているといえる。したがって,人的設備に編成面での安全配慮義務があるといえる。③Aの損害としては生命侵害による逸失利益,治療費,慰謝料が考えられる。そして,④ここで必要となる民法416条の因果関係とは相当因果関係であり,通常生ずべき損害として民法416条1項より②と③の間の因果関係が認められる。⑤Aは死亡しており,⑥XはAの配偶者であることから,請求原因は認められる。

(4)抗弁としては,過失相殺の抗弁(民法418条),素因減額の抗弁(民法722条2項類推),損益相殺の抗弁が考えられる。【省略】

 

第3 XのZに対する損害賠償請求

【前述までに重なる部分が大きいので省略】

 

[1]ここに身体侵害を加えると,身体侵害が生じたのは2002年9月25日で,手術したのは同日,現在は2005年10月2日であるから,身体侵害によって生じた損害については消滅時効(民法724条前段)にかかる可能性がある。

[2]生命侵害の際に手術代を含めることができるのか?即死事案ではない以上は致死相当の負傷を被らせることによって生じた損害ということができるのではないか。

[3]潮見先生は素因発見・統制義務違反がある場合は素因減額の抗弁が認められるとしている。この処理でいいのかな?

[4]民法711条の適用があることで,民法711条に列挙されたものについては,相当因果関係についてはあるものとして扱われることから,相当因果関係に立証についての緩和がなされることとなる。これを適用することなく間接被害者構成を採ることも可能である。前者が(ⅱ),後者が(ⅲ)ということになる。

[5]①と重複する。

[6] A・Y間の雇用関係みたいなもので足る? 講義はYとAの労務指揮関係と要件事実をおいていた。結局はS58年判例の雇用類似の関係に限られることが示されればよいはず。

[7]ここで決定的なのはYの課長であるMが現場を仕切っていたということである。下請けがすべて現場を任されていたような場合には,Yに安全配慮義務が生じるとはいえない。