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9.当事者能力と登記請求権

民事訴訟判例百選9事件-当事者能力と登記請求権

-最高裁昭和47年6月2日第二小法廷判決-

1.事案の概要[簡略ver.]

 権利能力なき社団であるAは,その資産として本件土地建物を有していた。その登記名義については,現行登記実務上権利能力なき社団名義の登記ができなかったので,Aの代表者Yの個人名義で所有権登記をしていた。その後,Yに代わってXが新しい代表に選任された。そこでAはYに対して,A名義またはA代表者名義への移転登記手続を求める前訴を提起したが,Aに当事者能力がないとして却下されたので,XはYに対し,X個人名義への移転登記手続を求めて訴訟を提起した。

2.双方の主張

Xの主張は,Aの代表者が交代したから,新代表者であるXが登記名義人たるべきものであり,代表者の地位を失ったYはXに対して,所有権移転登記をするべき義務があるというものである。

 Yの主張は,権利能力なき社団が登記するについては,社団名義の登記は許されないが,これに代わるものとして,Aが原告となって,「被告は原告たる社団の代表者Xに所有権移転登記手続をなすべき旨」の訴訟を提起すべきであって,代表者にすぎない者が原告となっても当事者適格を欠き,本訴は不適法だというものである。

3.審理の経過及び判決要旨

 第一審,原審ともに本訴請求を認容。Yが上告したが,上告棄却。

[調査官解説の判決要旨]

権利能力なき社団の資産たる不動産については,社団の代表者が,社団の構成員全員の受託者たる地位において,個人の名義で所有権の移転登記をすることができるにすぎず,社団を権利者とする登記をし,または,社団の代表者である旨の肩書を付した代表者個人名義の登記をすることは許されないと解すべきである。

権利能力なき社団の資産たる不動産につき,登記簿上所有名義人となった代表者がその地位を失い,これに代わる新代表者が選任されたときは,新代表者は,旧代表者に対して,当該不動産につき自己の個人名義に所有権移転登記をすることを求めることができる。

4.検討

最高裁はYの主張に即して検討を加えているところがある。したがって,以下ではこのYの主張に沿って検討したい。Yの主張は,Aが原告になって,Yに対して,X名義への登記移転請求をせよというものである。

この請求の適否を検討すると,まずAに当事者能力(法29条)は認められるだろう。Aの当事者適格についても,給付訴訟においては給付請求権の存在を主張する者に原告適格が認められるのであるから問題はない。そうすると,訴えは適法であると思われる。

しかし,権利能力なき社団には登記申請の資格が実体法上認められていないのであるから,この訴えをもって債務名義を得ても登記できない(下記判示①参照)。また,Aに訴訟法上の当事者能力・当事者適格が認められたとしても,そこから実体法上の権利能力までは認められることはない(下記判示②参照)のであるから,Aには登記請求権が帰属しえない。したがって,Aが訴えを提起しても本案において必ず請求棄却になることになる。これらからわかるように,この訴えは結局無駄な訴訟になってしまうのである(ここから訴えの利益を否定する見解もある)[1]

そこで本判決はXの主張するような形で登記請求をせよとしているのである。その許容性についても,Yの主張に対応させれば,個人であれば登記申請権は認められるから債務名義を獲得させてよいし,代表者個人にはその社団構成員の総有財産について信託的に受託された登記請求権が帰属する(下記判示③参照)のであるから,その者が原告となって登記請求をせよとしてよい,というのである(これを代表者個人名義説という)。

5.判示事項抜粋

①「不動産登記法が,権利能力なき社団に対してその名において登記申請をする資格を認める規定を設けていない…」

②「権利能力なき社団の資産はその社団の構成員全員の総有的に帰属しているのであって,社団自身が私法上の権利義務の主体となることはないから,社団の資産たる不動産についても,社団はその権利主体となり得るものではなく,したがって,登記請求権を有するものではない…」

③「本来,社団構成員の総有に属する不動産は,右構成員全員のために信託的に社団代表者個人の所有とされるものであるから,代表者は,右の趣旨における受託者たる地位において右不動産につき自己の名義をもって登記をすることができる…」

6.判例の射程とまとめ

(1)判事事項②から,法29条で当事者能力が認められる限りで実体法上の権利能力を認めるとの有力な学説は明確に否定されているといっていい。

(2)この判例は,代表者交代の場合の登記請求の問題であり,権利能力なき社団が他者から不動産を譲り受ける場合において言及がなされているわけではない。しかし,調査官解説によればこれも同様の結論になると解されている。

(3)所有権移転登記請求ではなく,所有権確認請求においては,百選11事件にもあるような訴訟形態で団体が原告となることができる。では,所有権に基づく引渡請求はどうか。これについてはこの判例の射程で考えると,登記の申請という問題はないが,所有権が団体に帰属するかという問題はある。しかし,これについては百選11事件の判例の射程がそもそも問題となるように思うのでそちらに委ねる。

 

[1]高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)[第2版]』176頁は,団体が原告となって,団体名義の登記請求をするのは内容上無効の判決となるから不可能だとしても,団体が原告となって代表者への登記を求める訴え(判例におけるYの主張)はあり得るはずとして,後者の訴えの形式までも否定する判例は不当としている。その具体的な検討につき,同書180頁註釈(6)参照。また,平成6年判決(百選11事件)を任意的訴訟担当とみて後者の訴えの適法性を認めようとするものについて,判例百選9事件解説の3以降の部分。