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Ⅰ-10.賃貸借契約の解除と終了Ⅰ

Ⅰ-10 賃貸借契約の解除と終了Ⅰ

1.XのYに対する賃貸借契約に基づく賃料支払請求権

(1)請求原因

 XはYに対して,賃貸借契約(民法601条)に基づいて,賃料の支払いを求めることが考えられる。しかし,どのような要件の下で賃料支払い請求が認められるかは争いがあるため問題となる。

 この点について,賃貸借契約において,使用収益をさせるのが賃料支払請求権の発生要件であるとするとする見解がある。これによれば,民法601条の賃貸借契約の締結と使用収益の供与が賃料支払請求権の発生要件であり,民法614条の毎月末の到来は履行期の到来の意味を持つ要件となる。本事案では,賃料の支払いの履行期を前月末にする合意があるが,上記見解によると,この合意は将来分の賃料請求権を発生させる合意と解され,民法601条と異なる民法91条に基づく特約とされる(発生要件説)。そうすると,すでに使用収益させて賃料債権が発生している場合は,この合意は無意味となる。

 一方,かかる見解に対して,民法601条の賃貸借契約の締結のみが賃料請求権の発生要件であり,使用収益の供与と民法614条の毎月末日の到来が履行期到来の要件とする見解もある。これは賃料支払の履行期を前月末にする合意は民法614条と異なる民法91条による合意と解釈することになる(先履行構成説)。

 これらについて,発生要件説は民法601条を任意規定とする点で妥当でない。したがって,後者の見解を採用するべきである。

 この場合の賃料請求権の法律要件は①賃貸借契約の締結,②賃料債務の先払いの合意,③請求分の期間中の前月末日の到来となる。

 本件で,XとYは1993年9月1日,甲1,甲2を対象として,賃料月額40万円で賃貸借契約を締結したており,①賃貸借契約の締結は認められる。また,この契約の際,賃料の支払いについて,毎月末日に翌月分を払うという合意をしており,②賃料債務の先払いの合意も認められる。そして,③1995年9月30日から1996年9月30日までの各月末が到来していることから,請求分に係る危険中の前月の末日の到来が認められる。以上から,XのYに対する賃料12か月分の400万円の支払いを求める請求原因が基礎づけられる。

(2)抗弁

 このXの請求に対して,Yは以下の抗弁を主張することが考えられる。

ア.賃借物の瑕疵に基づく抗弁

 賃貸人は,賃借人に賃借物を使用収益させる義務を負う以上,そのために必要な修繕を為す義務を負う(民法606条1項)。そして,その賃借物に瑕疵があることで使用収益が妨げられており,それを修繕しないことは賃貸人の債務不履行となる。このとき,判例は賃貸人が修繕義務を履行しないことを理由に,当然に賃料の支払いを拒むことができるとしている(支払拒絶構成)。これは賃貸借が目的物の使用収益させる状態に対しての対価として賃料を定めていることから,修繕義務は前払い賃料債務に対して先履行の関係にあり,修繕義務が履行されるまでは賃料債務はその限度で発生しないと考えられるためである。

 しかし,かかる構成によると,修繕義務が消滅すれば,その時は使用収益出来なかったにもかかわらず,その後は,その賃料分についての支払拒絶はできないこととなるため,妥当でない。むしろ修繕義務が一部履行不能になれば,双務契約の牽連性(536条1項)より,賃料請求権も一部消滅し,当然に減額されると解すべきである(当然減額構成)。

 そうすると,賃借物の瑕疵に基づく抗弁として考えられる危険負担に基づく抗弁の要件は①使用収益供与義務の履行不能,②減額されるべき賃料額となる。

 本事案において,甲2の雨漏りにより,1995年10月から同年11月までの2か月間,甲2を居酒屋の店舗として使うことができず,これによって使用収益が妨げられている。これは全体の50%の使用収益が妨げられているため,40万×0.5×2=40万円分が減額されるべき賃料額となる。また,1995年11月10日にYは業者Tに依頼して,甲2の修繕を施したことから,1995年12月から1996年9月までは,甲1甲2を合わせて15%に当たる部分が居酒屋として使用できないこととなっている。これは全体の15%の使用収益が妨げられているため,40万×0.15×10=60万円分が減額されるべき賃料となる。

 以上から,Yは40万円+60万円=100万円の限度で,Yの賃料支払い請求を拒絶できる。

イ.借賃増減請求権の抗弁

 YはXに対して,借地借家法32条に基づき,1996年3月31日に賃料の減額を請求している。要件としては,①減額されるべき賃料額,②従前の賃料額から①を控除した額が相当となったことを基礎づける事実,③減額の意思表示とその到達時期である。

 本事案においては,減額されるべき賃料の額は,適正額が月額30万円であり,上記の賃借物の瑕疵に基づく危険負担による賃料減額が月6万円であることに鑑みれば,40万-36万=4万円となる。そうすると①減額されるべき賃料額は4万円であり,②それを相当と基礎づける事実は,甲まわりの地価の下落,XがGに甲3,甲4を賃料月額30万円で貸し出した事実であり,これに基づいて③Yは1996年3月31日にXに賃料減額の意思表示をして,それは同日到達している。以上から,Yは19996年4月から9月までの4万円×6=24万円の賃料の減額がなされたとの抗弁を主張することができる。

ウ.弁済供託の抗弁

 Yは,毎月月末に25万円を翌月分の賃料として供託していた。民法494条より,弁済供託が認められれば,債務は消滅したこととなるので,弁済供託が認められるかが問題となる。この点について,弁済供託が認められるための要件は,①本旨に従った弁済の提供,②債権者の受領拒絶,③供託の事実である。

本事案では,Yは毎月月末に翌月分の賃料として25万円を供託していたが,その際の適性賃料とされたのは30万円であり,かかる25万円の弁済供託では,本旨に従った弁済と言えず,①が認められない。したがって,かかる抗弁は認められない。

エ.必要費償還請求権との相殺の抗弁

Yは甲2の雨漏りについて,業者Tに委託して100万円を支払い,修繕を施したことで賃借物に対する必要費を支出したとして,かかる100万円の支出をXに対する必要費償還請求権(民法608条1項)としての自働債権であるとして,これを賃料と相殺(民法505条1項)するとの抗弁を主張することが考えられる。

相殺の要件は,①自働債権の存在と②相殺の意思表示であるが,①を基礎づける自働債権は民法608条1項より,必要行為と必要費の支出及びその額となる。このように民法608条1項が,民法196条1項の例外として直ちに償還請求を認めているのは,必要費は賃貸人の使用収益供与義務の具体化であるからである。

本事案において,甲2は雨漏りをしており,その状態では甲2を居酒屋して利用できないことから,賃借物の維持行為として,その修補は必要な行為であった。そして,その必要行為に対する必要費として100万円を支出している。したがって,①YはXに対する100万円の必要費償還請求権を有しており,②これと賃料対当額を相殺する意思表示をYがすれば,その限度でXの賃料請求が拒める。

オ.有益費償還請求権との相殺の抗弁

 Yは甲1,甲2に対して支出した有益費(民法608条2項)を自働債権として,賃料と対当額で相殺するとの抗弁を主張することが考えられる。かかる有益非償還請求権の法定性質は不当利得返還請求権である。そして,かかる有益費は賃貸借終了時に賃貸人が利得するため,賃貸借終了後でなければ請求できない。したがって,以下は,賃貸借終了を前提とするか否かで場合分けする。

(a)賃貸借が終了していない場合

そもそも有益費償還請求権が発生しておらず,これを自働債権として相殺することができない。

(b)賃貸借が終了している場合

 YはXに対して,①自働債権の存在と②相殺の意思表示をすることが民法505条1項に基づく要件となる。①について,有益費は賃貸借終了によって基礎づけられることから,a.有益行為,b.有益費の支出とその額,c.賃貸借契約の終了である。また,賃貸借終了だけでは,有益費償還請求権が賃借目的物の返還義務と同時履行関係にあり,相殺できないこととなるため(民法505条1項ただし書き),③賃借目的物が返還されたことも要件となる。なお,有益行為に当たるためには目的物を通常利用するうえで価値が客観的に増加したと評価されることが必要となる。

 本事案において,少なくとも,Yによる都市ガスの配管と壁と天井へのクロス張りは,通常利用する上で客観的に価値が増加したと評価できる行為であるので①a.有益行為であるといえる。そのために支出されたb.有益費は50万円+30万円=80万円である。そして,Xによる解除が認められれば,c.賃貸借契約は終了する。すると,Yは③賃借目的物を返還し,②相殺の意思表示をすることで,80万円の限度でXの賃料支払請求権と対当額を相殺できる。

カ.敷金の充当の抗弁

Yは,Xに対して交付した敷金から不払い賃料は充当されたとの抗弁を主張することが考えられる。そもそも,敷金は賃借人の建物明渡し時までの債務を担保する金員である。そうだとすれば,賃貸借契約終了と同時に,賃借人の残債務は敷金が当然充当され,当然に消滅すると解される。そして,その充当の順序は,法定充当の規定に従う(民法489条,491条)。そうすると,すでに発生した不払いの賃料は489条3号を基準として順に充当されることとなる。そしてこのように敷金が賃料に充当されたというためには①敷金契約の締結,②それに基づく金員の交付,③賃貸借終了を要件としてYは主張立証しなければならない。

 本事案において,XとYは1995年9月1日締結の賃貸借契約に際して,敷金を交付する旨の合意をし,YはXに敷金200万円を交付している(①,②充足)。そして,賃貸借がXによる解除などで終了していれば,③もみたすこととなり,これによってYは賃料について200万円まで敷金で充当されたとの抗弁を主張することができる。

 

以上の抗弁がすべて認められたとした場合

(a)賃貸借契約が終了していないとする場合

 100万円+24万円+100万円=224万円まで賃料の支払いを拒絶できる。そうすると,支払を求められた賃料は480万円であるから,480万円-224万円=256万円は残賃料として現存し,Xはその限度でYに賃料請求できる。

(b)賃貸借契約が終了している場合

 224万円+80万円=304万円まで,賃料の支払いを拒絶でき,480万円-304万円=176万円が残額賃料となるが,これも敷金200万円から充当されるため,結局残賃料は0円となる。したがって,この場合Xの請求は棄却されることとなる。

 

(3)再抗弁

ア.に対して,修繕義務の履行の再抗弁

ア.に対して,帰責事由の再抗弁

イ.に対して,従前の賃料額から抗弁イ①を控除した額が相当となったことを障害する事実の再抗弁

エ.に対して,通常の額を超えるとする再抗弁

エ.に対して,有益費に関する特約(民法91条)の再抗弁

オ.に対して,他の被担保債権の存在の再抗弁

 

2.XのYに対する賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求

(1)請求原因

 賃貸借契約(民法601条)が終了すれば,目的物を返還すべきという義務が生ずる。これは貸借型の契約は目的物を貸した後に返すことが契約の中ですでに予定されている以上,それを遵守しようとする契約遵守原理から導かれる。そこで,XがYに対し,賃貸借終了に基づいて目的物の返還を求めるためには,①賃貸借契約の締結,②①に基づく賃借物の引渡し,③解除原因,④解除の意思表示を要件として主張・立証することを要する。

この点,③については,本事案では賃料不払いによる履行遅滞(民法541条)による債務不履行が考えられる。この履行遅滞に基づく解除の場合は要件として,a.履行期の合意とb.履行期の経過,催告,催告後相当期間の経過が必要とされる。履行遅滞に付すためには,履行期の合意とその経過を主張・立証すればよいとするのは,履行請求権と同様に弁済を抗弁としておくことでこれらの平仄を合わせる点にある。賃貸借契約の場合は具体的にa.賃料債務の発生原因(先履行構成なので①で充足),b.賃料先払いの合意と不履行分の期間中の前月の末日の経過を必要とする。

本事案では,XとYは1995年9月1日に甲1,甲2を目的物として賃料40万円で賃貸借契約を締結しており(①及び③a.充足),それに基づいて同日甲1,甲2が引き渡された(②充足)。そして,賃料支払い日が翌月分の賃料をその月の末日にという合意があり,これはすでに6回過ぎている。そして,XはYに催告して,相当期間の経過がなされていれば,解除の意思表示をすることで,賃貸借契約は解除され,XはYに対し賃貸借契約終了に基づく目的物返還請求をしていくこととなる。

(2)抗弁

しかし,賃貸借契約は当事者相互間の信頼関係を基礎とする継続的契約であり,541条の適用を修正する必要がある。すなわち,当事者の一方に,信頼関係を裏切って賃貸借契約の継続を著しく困難にする背信的行為がある場合に限って解除が認められるとするべきである。したがって,Yは,信頼関係不破壊の評価根拠事実を抗弁として主張・立証していくこととなる。その際の信頼関係破壊の判断基準は,賃借人の不履行の程度や反対債権の有無,賃貸人阻害行為や賃貸人の非協力的行為を要素として検討されるべきである。

 本事案において,賃借人の賃料不払いの期間は6か月にわたっており,その不履行の程度ははなはだしいものである。しかし,このように賃料不払いとなったのは,Xが甲2の修繕をしないという賃貸借契約における非協力的行為があったためであり,Yとしては賃料25万円の限度であれば,賃貸借契約を継続するべく本旨弁済と言えなくとも履行を提供していたといえる。そうだとすれば,かかる賃料不払いがXの非協力的行為によってもたらされていたものであるという諸事情に鑑みれば,それは信頼関係を破壊するような背信性を有するものではないとの特段の事情が認められる。

 したがって,Yはかかる信頼関係不破壊の抗弁を以て,解除を阻止することができる。

 

※(1)無催告解除による請求原因の基礎づけ

 終了原因としては,無催告解除特約による解除も考えられる。この特約は合意により解除の手続き要件を排除するものであることから,その合理性が要求される。すなわち,無催告解除を認めるだけの背信性が相手方にあったことを主張・立証する必要がある。そこでは,終了原因として,a.無催告解除特約の合意,b.a.所定の要件の具備として,賃料先払いの合意,2か月以上の履行期の経過,信頼関係破壊の評価根拠事実が必要となる。

 あてはめ省略。

以上