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Ⅱ-8.名誉棄損・プライバシー侵害

Ⅱ-8.名誉棄損・プライバシー侵害

第1 XのAに対する不法行為に基づく損害賠償請求

  1. 名誉権侵害における請求原因

(1)Xとしては,Aの執筆・企画にかかる単行本『カネとヨクにまみれた関西の俳優・タレント百選』(以下,「本件単行本」とする)によって,自己の名誉権が侵害されたものと主張して,Aに対し,不法行為に基づく損害賠償請求を行っていくことが考えられる(民法709条,710条)。

(2)不法行為に基づく損害賠償請求が認められるための請求原因は①Xの権利又は法益侵害,②Aの故意又は過失,③②と①と間の因果関係,④損害の発生及びその額,⑤①と④の間の因果関係である。

このような要件整理となるのは,民法709条が権利だけでなく法律上保護される利益に対する加害行為も保護しようとしていることから法益侵害も不法行為に含まれ,③と⑤の二つの因果関係が必要とされるのは,文言上「よって」でつながれたものが2つあるからである。

(3)では,本件において①から⑤の要件はみたされるのか。

  1. まず,名誉とは,人がその品性,徳行,名声,信用その他の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことを言い,この社会的評価は名誉権として法律上保護されるべき法益といえる。そうすると,この社会的評価の低下がもたらしたことが名誉権侵害となりうる。

本件単行本は,Xの一日の生活の様子や,過去の大麻吸引歴,深夜まで遊んでいる写真などが掲載されており,これは通常人の読み方と読後感からすれば,清廉さをウリにしているXのイメージを低下させるものである。したがって,Xの社会的評価を低下させるものといえ,このような本の企画・執筆を行い,Bをして出版をさせたAからXに対する①権利侵害があったと認められる。

 これに対して,「ドケチ」「ファンがアホ」「ロクな芸がない」といった記述部分については,単なる意見・論評に過ぎず,事実の適示による名誉棄損には当たらないとの反論[1]が考えられる。確かに,意見・論評は表現の自由によって手厚く保護を受けるべきものであり,たやすく名誉棄損として権利侵害になるとはいえない(憲法21条参照)。しかし,その論評の前提となる事実の指摘が名誉棄損を構成することはもちろん,意見・論評であってもそれが人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱している場合は不法行為責任を構成すると考えてよい。本件では上記記述部分は単なる論評に過ぎないし,人身攻撃に至るといえるほどの記載ともいえないため,当該部分によって不法行為責任は成立しない。

  1. ②故意又は過失であるが,これについてはAからすれば本件単行本を企画・執筆し出版すれば,Aの名誉を棄損することを認識・認容していたともいえるし,仮にAにそのような故意がなかったとしても,本件単行本の出版等によりXの名誉が害されることは予見できたのだから,それを回避する措置を執らなかったAに過失が認められる。
  2. そして,このAの故意又は過失行為によってXの名誉権侵害が生じたといえるため,③もみたす。
  3. その損害として,Xは慰謝料請求をすることが考えられるが,精神的損害に関してその額の認定は裁判所の裁量によって決まる部分もあるため(民事訴訟法248条参照),具体的額の立証までは要しないが,処分権主義(民事訴訟法246条)の制約として額の主張までは必要である(④充足)。これ以外に財産的損害も考えられる。例えば,Xの名誉権が侵害されたことによって,XのCMや番組降板がなされるなどして,タレントとしての営業活動による収入が減った場合などである。これについては財産的侵害としてその額を主張・立証する必要がある。
  4. 最後に権利・法益侵害と損害の因果関係であるが,これは賠償範囲の確定のための因果関係であるから,相当因果関係に基づいて判断される[2]。すなわち,相当因果関係を定めた規律として民法416条の類推適用によって因果関係判断がなされる。これによって,認められる範囲内に⑤の因果関係が成立する。

2.1に対するAの反論

(1)これに対して,Aとしては真実性の抗弁,相当性の抗弁,消滅時効の抗弁(民法724条)を主張することが考えられる。

(2)真実性の抗弁とは,個人の名誉保護と憲法21条による言論の自由の保障及び社会公共の利益との間で調和・均衡を図るためのものである。そこでは,名誉棄損的表現であっても,①公表事項の公共性,②公表についての公益目的性があり,そして③公表された事項が真実であれば,名誉棄損的表現の不法行為責任の成立を否定される。なお,この③は客観的判断がなされる必要があるので,判断時は事実審の口頭弁論終結時とされる。

 本件ではAの本件単行本の執筆について,①ないし②の要件を欠くので同抗弁は成立しない。

(3)相当性の抗弁は,仮に上記真実性の抗弁において③の真実性の要件が欠けていたとしても,③’行為者において,その事実を真実と信じるについて相当の理由があったことを根拠づける具体的事実を主張・立証すれば,そのように信じたことについて無過失と言え,不法行為責任が成立しないという抗弁である。もっとも,上記と同様①と②をみたさず,かかる抗弁は認められない。

(4)消滅時効の抗弁は,①被害者が損害及び加害者を知ったこと並びにその日,②①から3年が経過したこと,③時効援用の意思表示をもって成立する抗弁である(民法724条前段)。

 本件では,どの時点で不法行為があったのか,つまり①がいつなのかが問題となる。この点について,そもそも民法724条前段が損害と加害者を知った時と定めているのは,現実的な損害賠償請求が可能となる前に,損害賠償請求権が時効消滅をすることがないように,それが期待できるときを時効の起算点としたものである。そうだとすれば,これは具体的に請求可能なまでに損害と加害者Aを知ったことが必要となる。Xとしては2002年6月10日にAの本件単行本の企画・執筆・出版を知ったのであり(①充足),現在は2003年3月3日であることからいまだ3年の経過がない(②不充足)。したがって,消滅時効の抗弁は成立しない。

 

  1. プライバシー侵害における請求原因

(1)不法行為に基づく損害賠償請求権の要件事実は第1の1(1)と同様である。ここでは,①の権利・法益侵害があったといえるかについて検討したい。

 XとしてはAの本件単行本の企画・執筆・出版により,私生活をみだりに公開されないという意味でのプライバシー権(憲法13条前段参照)を侵害されたという主張すると思われる。プライバシー権は社会が関心を持つことが正当といえない場合にその侵害があるという点で,その侵害の限界は具体的事情に即して考察するほかない。本件は俳優業を営むXを対象としていることから,公共の関心は高いといえるが,あくまでXは私人であり,公人ほどの関心とは言えないことから,プライバシーの要保護性は高いといえる。したがって,①をみたすためには,(ⅰ)一般人の感受性を基準に判断したとき,当該私人の立場に立ったならば公開を欲しないであろう事柄であって,(ⅱ)一般の人に未だ知られていたいものであり,(ⅲ)その事柄の公開によって当該具体的個人が実際に不快・不安の念を覚えたことが必要となると考えるべきである。

 本件では,(ⅰ)本件単行本に一日の過ごし方やXの大麻吸引歴,深夜の過ごし方まで記載されており,このような事実は通常公開を欲しないといえる。また,(ⅱ)これらは一般の人に知られている事実であるとは,Xが清廉なイメージをウリにしていることからして,考えられない。そして,(ⅲ)Xとしてはこれを公開されることは,自己のイメージに傷がつくものであり,激怒していることからして,不快感を覚えたといえる。したがって,プライバシー権侵害として①の要件をみたす。

 ほかの不法行為の成立要件については名誉権とほぼ同様に考えてよい[3]。よって,請求原因は認められる。

4.3に対するAの反論

(1)プライバシー権侵害の場合は,名誉権侵害の場合と異なり真実性の抗弁や相当性の抗弁は認められない。プライバシー権侵害に当たる場合は,被害者のプライバシーについて社会が関心を抱くことが許されないといえるからである。そもそも公共事項性・公益目的性がない。

(2)これに対して,消滅時効の抗弁(民法724条前段)は主張しうるが,2と同様認められない。

 

  1. 人格権侵害における請求原因

(1)Xとしては,Aの本件単行本記載にかかる「こんな親の顔が見てみたい」という部分に関して,X自身の人格権に対する侵害であるとして不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。ここでは人格権侵害と言っているが人格権は多義的である。厳密に言えば,故人に対する敬愛追慕の情が侵害されたことが,Xに対するAの権利・法益侵害に当たる。

(2)不法行為の請求原因は上記と同様であることから検討するに,本件ではAは単に「こんな親の顔が見てみたい」といったものであるが,これはPの死亡時期(死の直後は特に敬愛追慕の情は深いが逆に時間がたつと薄れるものである)等の諸要素との関連で決定付けられるものであるから,本件事情の下では侵害があったか否かが明らかでない。PがXの父親であったことにかんがみれば,その敬愛追慕の情は強かったと推認できるが,これをもってしても結論は不明である。したがって,ここでは結論を留保する。

 

第2 XのDに対する請求

  1. 不法行為に基づく請求

(1)Xとしては,Dが本件単行本を売って得た利益を吐き出させるために,Dの行為によって名誉権又はプライバシー権が侵害されたとして不法行為に基づく損害賠償を請求していくことが考えられる。

(2)しかし,不法行為の制度趣旨は,加害者が与えた被害者に対する損害の填補であり,実損主義がその内実である。そうであるならば,Dが自らの才覚で得た利得をサンクションとして吐き出させる損害賠償までは認められていないといえる。したがって,ここでは①等の要件を充足したとしてもXの損害がないため,Xの請求は認められない。

  1. 事務管理に基づく請求

(1)Xとしては,Dの行為が準事務管理として民法697条の類推適用を受けることから,準事務管理として民法701条の準用する民法646条によって生じる受取物引渡請求権を行使して,Dの利得を吐き出させる請求をすることが考えられる。

(2)ここでの要件事実は,①他人たるXの事務,②DによるXの事務の管理,③Dが②にあたって150万円を受け取ったことが必要となる。

(3)しかし,準事務管理は認められるべきではない。なぜなら,事務管理は本来利他行為を前提とする以上,他人の事務を自己のために処理する場合にはそれを利他的行為として正当化する理由がないからである。これを事務管理に準じて考えることは根本で間違いがあり,単なる事務管理の効果の転用とみるほかなく,これについても理由がないため認められないというべきである。したがって,この構成によるXの請求も認められない。

 

第3 XのAに対する謝罪広告掲載請求

  1. 請求原因

(1)民法723条は名誉棄損をしたものに対して,不法行為に代えて,若しくは不法行為とともに名誉を回復するのに適当な処分を求めることができるとしている。そこでXとしては,Aに対し,不法行為とともに謝罪広告の掲載を求めていくことが考えられる。

(2)謝罪広告の掲載のような処分が認められるかという問題があるが,単に陳謝の意を表明させるに過ぎない処分は,思想・良心の自由(憲法20条)を侵害するとまでは言えず,許容される。

(3)そこでの請求原因は,①名誉権の侵害,②①についての故意又は過失,③①と②の間の因果関係である。本件では,上記第1の1と同様に検討すれば,これらはみたされるので,Xの請求は認められる。

  1. 抗弁

(1)これに対して,Aは真実性の抗弁,相当性の抗弁,消滅時効の抗弁等を主張することが考えられるが,いずれも前記の検討によれば認められない。

 

第4 XのAに対する本件単行本の廃棄請求権

  1. 請求原因

(1)Xとしては人格権としての名誉権に基づいて本の廃棄請求を行っていくことが考えられる。人格権は人間の存在にとって最も基本的な事柄であり,法律上絶対的に保障される物であって,何人もみだりにこれを侵害することは許されず,侵害者に対してはこれを排除する権能が認められる。Xの名誉権はXが生活を送るうえで常に伴う社会的評価として重要な権利であり,かつ人格の尊厳を保つためには基本的に侵害されてはならないものといえる。したがって,Xの名誉権は人格権とまでいえる。そこでXとしては,この人格権としての名誉権を所有権に基づく物権的請求権のアナロジーとして捉えて,Aに対してこの人格権としての名誉権を侵害する本件単行本を廃棄するように求めていくのである。

(2)そこでの要件事実は,①Xの人格権としての名誉権侵害,②侵害された状態としてAが本件単行本を所有していること,③表現内容が真実でないこと又はもっぱら公益を図る目的でないこと,④重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があり,かつ,Aに本件単行本を廃棄させてもよいといえるだけの正当な理由があること,と考える。ここで①と②は物権的請求権のアナロジーとしての排他権を導くための要件であり,③は名誉権侵害が正当視されない場合であることを基礎づけるための要件である。④は本の出版の差し止めではなく,その所有者に対して廃棄まで求めるものであるから,Aの所有権侵害として強度のものであるから,Xの名誉権との衡量からAが所有権を失っても仕方ないといえるかどうかという点を要すると考え要件化した[4]

(3)本件では,Xの人格権としての名誉権侵害があることは上記の検討から認められる(①充足)。また,②本件単行本をAは所有しているといえる。そして,これについて③の要件をみたすこともいままでの検討から明らかである。しかし,④についてはAの所有する本件単行本はXの名誉棄損的表現だけを記載したものではなく,Xはその中の100人に過ぎないのであるから,その本全体を放棄させることまでは認められ難いし,Aが本件単行本を手元に持っていたとしても著しく回復不能な損害が出るとは言えない。したがって,④をみたさないことから,Xの請求は認められない。

以上

 

[1]抗弁?否認?

[2]故意については原則全額,過失は義務の範囲設定次第という義務射程説もある。責任設定の因果関係は客観的帰属論的な思考で,賠償範囲確定のための因果関係は義務射程説とか相当因果関係説,保護範囲説がありうる。どれでもよさげ?てか,義務射程説と保護範囲説の違いは?

[3]プライバシー権侵害よる損害は慰謝料だけという考え方もあるとすれば,損害のところは射程を狭めるべき?

[4]完全に私見です。