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Ⅱ-7.物への費用投下と原状回復

Ⅱ-7.物への費用投下と原状回復

第1 MのYに対する工事代金600万円の支払請求

  1. 訴訟物

 MはYに対して,以下の構成によって工事代金を請求することが考えられる。

(1)まず,MがYを代理してXと請負契約(民法632条)を締結しており,そのXに対する報酬支払債権をMが代位弁済したとみることである。ここでMとYは委任契約(民法643条)関係にあり,その費用償還請求権(民法650条1項)が認められる。そうすると,訴訟物はMからYに対する委任契約に基づく費用償還請求権となる。

(2)次に,MがXとの間でYの自宅工事の請負契約(民法632条)を締結しており,その費用はMが支払わなければならないが,それはMY間の事務処理契約の内容に含まれていると考える。そうすると,ここも訴訟物はMからYに対する委任契約に基づく費用償還請求権となる。

(3)(2)と同様に考えるが,それはMY間の事務処理契約の内容に含まれていない。そこで事務管理に基づく費用償還請求(民法702条1項)を考えることとなる。ここでの訴訟物はMからYに対する事務管理に基づく費用償還請求権である。

(4)他に契約によらない形として考えられるのが,占有物に関する費用の支出である(民法196条)。すなわち,訴訟物は占有者による費用償還請求権となる。

(5)これらの関係についてであるが,(1)(2)は同一の訴訟物なので同じであることを前提とすると,(1)(2)と(3)は請求権として両立しないので主位的・予備的請求として選択的併合[1]となる。また,(4)は両当事者間に費用を生じさせる特別の関係がない場合の規定であると考えられるので,占有者の費用償還請求が生じる場合で両当事者に事務管理や委任契約がある場合はその適用が排斥されると考えられる。したがって,(1)(2)と(3)の関係と同様となる。

 

  1. 請求原因

(1)委任契約に基づく費用償還請求権(民法650条1項)Ⅰについて

 ここでの請求原因は①MY間の委任契約の締結,②MがXに600万円支払ったこと,③②が委任の事務処理に必要な費用であること,となる[2]。本件では,①MY間においては2001年2月14日に包括的な委任契約が締結されている。そして,②MはXに対して2003年6月1日に600万円を支払っている。しかし,③において,MがXを代理して,Yと請負契約を締結して,600万円の費用を支出することまで委任の事務処理として任せていたとはいえないという反論が考えられる。ここでは③が認められるとするのは難しい。

(2)委任契約に基づく費用償還請求権Ⅱについて

 ここでの請求原因は上と同様である。ここではMにおいて代理権までは委ねられていないが,Mが締結した請負契約について投下した費用は委任事務処理の内容となって償還請求できるという構成で考えることができる。(しかし,MがXに対してYに支払いを求めてくれと言っていることから,このような構成となっているか怪しい。)

 【あてはめ省略】

(3)事務管理に基づく費用償還請求権(民法702条1項)について

 ここでの請求原因は,①YのXに対する請負報酬債務の弁済(他人の事務),②①の債務の弁済としてMがYに600万円を支払ったこと(他人の事務処理),③②についてMがYのためにする意思を有していたこと(本人のためにする意思),④上記の債務の弁済としてMが600万円を支出したこと(有益費の支出)である。③の要件については,事務管理が他人の事務処理への介入をするという私的自治の例外を認めるための正当化要件として請求原因として償還請求者側で主張・立証をしなければならない。

 【あてはめ省略】

(4)占有者による費用償還請求権(民法196条)について

 ここでの請求原因は,①Yが甲の所有者,②Mが費用の支出,③②が必要費[3],④支出時にMが甲を占有していたこと,となる。必要費とは,物を通常の占有に適した状態に置くために支出した費用のことである[4]。①についてはYが甲の占有を回復したこととする見解もあるが,ここまで要求するとMの留置権(民法295条)の抗弁を排斥することとなってしまい妥当でない。回復をするまでは費用を支払わないという支払拒絶の抗弁として位置づけるべきである。したがって,Yが甲の所有者であることで利益の帰属主体であることを示せばよい。

 【あてはめ省略】

※なお,有益費の場合は,①②④は同様であり,③は有益費となる。それに加えて,196条2項が文言上要求しているものとして,⑤YはMに対して支出分又は増加分を選択するとの意思表示をしたことが必要となる[5]。ここでいう有益費とは,占有者が物の価値を増加させる形で投下した費用を言う。

 【あてはめ省略】

 

  1. 抗弁 

(1)2-(3)に対する抗弁

ア.抗弁としては,民法700条ただし書き類推適用から①本人の意思又は利益に反することが明らかなことが抗弁となる。民法700条ただし書きは本人の意思や利益に反する管理の行為の継続を禁止する規定であるが,これは本人のためになされるものでない利他行為によって利得の押し付けが生じることを防ぐ趣旨であり,それは事務管理成立の場面でも妥当する。したがって,類推適用されるものである。

 【あてはめ省略】

イ.また,702条3項から利得消滅の抗弁として,①Yの意思に反する事務管理,②利得がYの下に存在しないことという抗弁も成立する。しかし,本件では②が認められず,この抗弁は成立しない。

(2)2-(4)に対する抗弁

ア.占有回復までの支払拒絶の抗弁

 先にも述べた様に,①Yが甲の占有をMから回復するまでは費用を支払わないという抗弁が考えられる。これに対しては,MがYに対して甲の占有を回復したことが再抗弁となる。

 【あてはめ省略】

イ.利得の押し付けの抗弁

 私的自治と所有権絶対の原則が支配する私法関係においては,自己の財産的価値の増加があったとしても,その増加の結果を受け入れるかどうかは本来的には所有者の自由であるはずである。そうだとすれば,たとえ客観的に必要な費用であったとしても,所有権者の意思に反した利得を押し付けることまでは許されないと考えられる。したがって,①費用の支出はYの意思に反するものであったことが抗弁として成立する。これは必要費においても有益費においても抗弁となりうる。これに対しては,①使用支出の追認があったことが再抗弁となる。

 【あてはめ省略】

ウ.期限の許可

 【要件MAP参照】

 

第2 XのYに対する工事代金600万円の支払請求

  1. 訴訟物

 ここではMがYの代理人として,Xと請負契約を締結しており,その報酬債権の支払いを求めるものとして,請負契約に基づく請負報酬支払請求権が考えられる。

また,MとXの請負契約に基づいて修理された甲を利得したYに対して転用物訴権としての不当利得返還請求権が考えられる。以下,検討する。

  1. 請求原因

(1)請負契約に基づく報酬支払請求権について

 上記で述べた様に,MX間の請負契約締結はMがYの代理として行ったものであるから,①MX間の請負契約の締結(民法632条),②Mの顕名,③①に先立つYのMに対する代理権授与をいうことでXY間の請負契約の締結が認められる。そして,請負契約は報酬債権は発生していても,その支払時期については,仕事の完成が先履行であるため先立つ④仕事の完成が必要となる(民法632条,633条,624条)。

 本件では,③のYのMに対する代理権授与があったかどうかという事実は認定しにくいのではないか。なぜなら,YはMに「まかせる」といったにすぎず,高額の修理代金がかかる修補の請負契約を締結する代理権まで授与した趣旨とは考えられないからである。しかし,有権代理としては成立しなくても,無権代理行為の追認があったとは言えないか。すなわち,③に代えて,③’Yが①の請負契約をMに対して追認したこと(民法116条)である。本件では,2月5日にYはMに対して,「よろしく頼みます」という旨のメールを送っており,これが追認に当たると考えられる。これは直接にXになされたわけではないが,相手方Xとしてはこれを争うつもりはなく,Xに対する追認がなされたものとして考えてよい(民法113条2項参照)。

 仮に,この程度で追認の意思表示としてみることができないとした場合は,更に表見代理の成立(民法110条)を主張することが考えられる。すなわち,③に代えて,③’’-a.XはMが①について代理権を有していると信じたこと,③’’-b.このように信じたことにつき,Xに正当事由があること,③’’-c.基本代理権の存在となる。

 【あてはめ省略】

(2)転用物訴権としての不当利得返還請求権について

 XとMの間で締結された請負契約に基づいて修理された甲を利得したYに対して,その利得に法律上の原因がないとして不当利得返還請求をしていくことが考えられる。ここでいう不当利得の趣旨とは,一般的・形式的には正当視される財産的価値の移転が,実質的・相対的には正当視されない場合にその矛盾を衡平の理念から調整・解消するものと捉えられる。そうすると,そこでの請求原因は,①Yの受益,②Xの損失,③①と②の間の因果関係,④法律上の原因の不存在である。

 ここでの因果関係とは直接の因果関係を言うものと考えられる[6]。そして,Yの利得が法律上の原因なくといえるためには,Mが無資力である必要がある。なぜなら,Mに資力がある場合,Yの利得はMの財産に由来するものであり,YとMの法律関係の下で保持された利益であり法律上の原因があるといえるが,Mが無資力の場合は,Yの利得はMを介してXの財産に由来するものといえ,そこには利得を保持するだけの法律関係が存在しないからである。したがって,ここでの法律上の原因の不存在はMの無資力ということになる。

 【あてはめ省略】

 

以上

 

[1]予備的併合?ここの訴訟形態はどうなるのか?

[2]①と③の関係について整理しておくこと。

[3]あてはめのところだが,少なくとも耐震用の壁はここに含まれる。ガラスがどうなるかであるが,泥棒が多発していることを考慮すればこちらに含まれるとしていいのではないか。

[4]この場合の必要費の定義ってどうすればいいのか。要確認。

[5]相手方が支出分か増加分かの選択をしない場合はどうなるか。このとき,判例民法196条2項は不当利得の特則であるから,利得と損失のバランスが取れていなければならないので,どちらか少ない方によるということになる。つまり,支出分又は増加分の総額が⑤に代わることとなる。学説は選択債権になるとしている。つまり,催告と相当期間の経過が⑤に代わる要件事実となる。しかし,そもそも2つ債権があるわけではないのではないか。個人的には前者の筋がいい気がする。潮見は逆?

[6]社会観念上の因果関係という判例を採った場合の無資力の位置づけについては後でまた検討する。