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Ⅱ-9.交通事故による人身侵害

Ⅱ-9.交通事故による人身侵害

第1 AのQに対する損害賠償請求

  1. 訴訟物

(1)AはQに対して,Kの不法行為について,その監督者足るQに責任を追及するというもので,民法714条による損害賠償請求をすることが考えられる。すなわち,ここでの訴訟物は監督者責任に基づく損害賠償請求権となる。

(2)また,AはQ自身の過失によって損害が生じたとして民法709条による損害賠償請求をすることが考えられる。ここでの訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権である。

 以下,それぞれについて検討する。

  1. 請求原因

(1)民法714条に基づく損害賠償請求における請求原因は①Aの権利・法益が侵害されたこと,②Kの行為につき,Kの故意又は過失,③②と①の間の因果関係,④損害の発生及びその額,⑤①と④の間の因果関係,⑥2の行為時,Kに責任能力がなかったこと,⑦2の行為時,QがKの監督義務者であること,である。このような整理となるのは,民法714条は監督義務者が責任無能力者の福利厚生・教育を図るという身分上の監護権ないし監護をすることのできる地位にある点に着目し,監督義務者に監督上の過失があることをもって損害賠償正規人を負わせるという自己責任に基づくものであるということから導かれる。

(2)本件について検討する。

a.Aは脊椎の神経損傷という身体に対する侵害がなされている(①充足)。

  1. ②について,過失とは結果回避義務違反を言うものとされ,過失を行う能力は事理弁識能力があれば足りる[1]。そうすると,本件のKも5歳児ではあるが,事理弁識能力程度は備えているといえる。そして,K程度の年齢層であれば[2],交通安全等のルールに対する認識もあることから,飛び出しをすれば重大な結果が生じることを予見でき,それを回避する義務があったにもかかわらず,それを怠っていることから過失が認められる(②充足)。
  2. そして,Kの飛び出しによって,Aの身体に対する侵害の危険が現実化しており,他に危険の現実化を妨げる要素もないことから,ここに因果関係は認められる(③充足)。
  3. では,損害はどうか。ここで考えられる損害には,積極的財産損害として(ⅰ)治療費・入院費・交通費,(ⅱ)バイクの修理費等,(ⅲ)退院後の車いす代や介護費用,(ⅳ)家の改造費(3000万円)が,消極的財産窓外として(ⅴ)労働力喪失による逸失利益が,そして精神的損害として(ⅵ)慰謝料がある。このうち(ⅳ)については,Aの父親であるBが支出したものであり,Bを間接被害者として構成することはできるが,A自身には損害は出ていない。したがって,損害からは除かれる。それ以外については額を主張・立証することで損害として認められる(④充足)[3]
  4. ⑤の因果関係は,賠償範囲確定のための因果関係であり,権利侵害と損害の間の相当因果関係が認められるかという問題である。民法416条が相当因果関係を定めた規定であることから,これを類推適用して検討すればよい。本件で(ⅰ)~(ⅲ),(ⅴ),(ⅵ)については通常生ずべき損害として,民法416条1項から賠償範囲に含まれる。したがって,因果関係も認められる(⑤充足)。
  5. ⑥の責任能力とは,自己の行為の責任を弁識する能力のこととされ(民法712条,713条),これは政策的価値判断として法の命令・禁止を理解しえない人間を,損害賠償責任から解放することによって保護するということに基づき立てられた概念である[4]。そうしたとき,ここで責任能力がある者とは,自己の行為の是非を判断できるだけの知能を有するものであり,個別具体的に判断される。Kにおいては,まだ小学校にも上がる前であり,自己の行為の是非までは判断する能力を備えているとは言えず,責任能力は認められない(⑥充足)。
  6. そして,QはKの母親であり,監護権者であるから(民法820条),監督義務者に当たるといえる(⑦充足)。

よって,請求原因は認められる。

 

(3)民法709条に基づく損害賠償請求の請求原因は,①Aの権利・法益侵害,②Qの故意又は過失,③②と①の間の因果関係,④損害の発生及びその額,⑤①と④の間の因果関係である。ここでのQの過失とは,上記Kの監護権者としての監督義務ではなく,Kが交通ルールを無視して飛び出すというような予見ができていた場合に,そうした結果を回避する義務があるにもかかわらず,それを怠ったことが過失となる。すなわち,普段からQがKに対してどのような交通ルール等の指導を行っていたかどうか等が問題となる。

(4)検討については,省略。

 

  1. 抗弁

(1)Qは民法714条に基づくAの請求に対して,監督義務を怠らなかったことの抗弁(民法714条1項ただし書き),過失相殺の抗弁(民法722条),被害者側の過失の抗弁を主張することが考えられる。

(2)監督義務の不懈怠の抗弁の要件事実は,①QがKの監督に当たって,みずからが相当の注意をしたことである。ここで相当の注意をしたことについて,どのような注意義務を課されているかであるが,責任無能力者たる未成年に関しては,その者の行った行為の結果を回避すべき一般的包括的義務が監督義務者に課されており,それが親権者・未成年後見人の者上監護義務と一致する。したがって,ここでの相当の注意とはQの包括的身上監護義務を果たしていたかどうかが問題となると考えるべきである。[あてはめ省略]

(3)過失相殺の抗弁が考えられるが,過失相殺の制度は,被害者に発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分配するために,被害者に過失がある場合は,加害者の負担を被害者にシフトしなおすものである。そこでの要件事実は,①Aの過失を基礎づける具体的事実である。[あてはめ省略]

(4)被害者側の過失の抗弁の要件事実は,①事故当時,BとAは身分上,生活関係上一体をなすとみられる関係にあったこと,②Bの過失を基礎づける具体的事実である。加害者と被害者の公平な損害分担という観点から,被害者と経済的一体性が認められるものの過失を斟酌することが認められる。[あてはめ省略]

 

 

第2 BのQに対する損害賠償請求

  1. 訴訟物

BはKないしQのAに対する身体侵害という不法行為によって,自身が間接的に被害者として損害を生じたこととして,損害賠償請求をすることが考えられる。以下では,Qの不法行為に基づく請求のみ検討する(民法709条)。

  1. 請求原因

(1)請求原因は①Aの身体侵害,②Qの故意又は過失,③②と①の間の因果関係,④(Bの)損害の発生及びその額,⑤④と①の間の因果関係となる。

(2)Aに対する権利侵害と,Bに対する損害の関係であるが,ここでは直接被害者への不法行為を介して直接被害者と異なる主体に損害が生じたものであるから,実際には自己の法益に対する直接の侵害を受けたものと変わらない。そうだとすれば,ここでの損害は賠償範囲の問題として,民法416条類推の枠組みで検討すればよい[5]

(3)本件における検討については省略。

 

第3 KのAに対する損害賠償請求

  1. 訴訟物

(1)KはAの法定速度超過のバイク運転によって右手人差し指に障害を負ったという点を捉えて,民法709条による請求をすることが考えられ,ここでの訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権となる。

(2)また,Aはバイクの運行供用者であるから,それによって生じたKに対する人損について,自動車損害賠償保障法3条による請求をすることが考えられ,ここでの訴訟物は自賠責3条に基づく損害賠償請求権となる。

 以下,それぞれについて検討する。

  1. 請求原因

(1)民法709条の請求原因としては,①Kの権利・利益侵害,②Aの故意又は過失,③②と①の間の因果関係,④損害の発生及びその額[6],⑤①と④の間の因果関係,である。

(2)④以外については省略。④について,年少女子の逸失利益の算定については,具体的な損害計算は収入のないKにおいて不可能である。そこで,抽象的損害計算となり,基礎収入となる蓋然性が認められるものとしては全労働者の平均賃金が基礎となると考えられる。なぜなら,幼年者においては多様な就労可能性を要しており,男女間の賃金格差を反映させるのは合理的と言えず,また,女性の男性の職業領域への進出も考慮すべきだからである。これ以上の損害の認定については省略。請求原因は認められるものと思われる。

(3)自賠法3条の請求原因は,①Aが事故当時,バイクの運行供用者であったこと[7],②バイクが運行の用に供されたこと,③Kの身体への侵害[8],④②と③の間の因果関係,⑤損害の発生及びその額,⑥③と⑤の間の因果関係,⑦Kが他人であること[9],である。

(4)本件について,[あてはめ省略]。

  1. 抗弁以下

(1)不法行為に基づく請求に対する抗弁としては,被害者側(Q)の過失の抗弁と過失相殺の抗弁(民法722条)が考えられる。過失相殺の抗弁に対しては,Kが事理弁識能力を要していないため,過失を問えないという事理弁識能力不存在の抗弁が考えられる。

(2)自賠法3条に基づく請求に対する抗弁としては,自賠法3条ただし書きの抗弁がありうる。そこでの要件事実は,①Aがバイクの運行に関し,注意を怠らなかったこと,②A・K以外の第三者に故意又は過失があったこと,③バイクの構造上の欠陥又は機能障害がなかったこと,である。[あてはめ省略]

 

第4 KのBに対する損害賠償請求

  1. 訴訟物・請求原因等上記で述べたこととほぼ類似するので省略。

以上

 

 

[1]標準人と同じ行為をしてくれるという信頼がなければ生活がなりたたないため,相互に注意義務を負っており,この(客観的)注意義務は当該生活を構成する社会構成員相互の注意義務という形で相対化が行われる。山本(敬)不法行為レジュメ84頁。

[2]合理人が尽くすべき抽象的過失の問題であるが,職業・地位・地域性・経験等によって相対化・類型化された抽象的過失の問題である。なお,学説は年齢による類型化を認めない。潮見30頁。

[3]逸失利益の算定方法だが,Aについては医学部進学の蓋然性が高いので,医者の平均賃金を基礎収入として,労働能力喪失率と中間利息の控除率をかけて,それと就労期間の年数(24歳~67歳)の関係から算定すればよい。詳細な算定方法は予習ノートを読む。

[4]責任能力は過失をおかす前提と解する見解がある。こうすると,Kgは②の過失要件は当然不要となる(不要というか論理矛盾をきたす)。責任能力がない場合に,過失が生じるわけがないからである。答案では自己責任説に立ちつつ,Kに不法行為が成立することを前提として,監督義務者の過失責任を問題とするという構成を採用した。

[5]賠償者代位(民法711条)の類推として考えれば,④はAの損害の発生及びその額となり,それ以外に⑥としてBの改造費の支出が要件として必要となる。潮見84頁参照。

[6] Kがピアノの英才教育を受けていたという事実は,逸失利益の算定に入れるのは難しい(ピアニストとしての収入というものは,いまだKにとって蓋然性ある基礎収入とはなりえない)。もっとも,慰謝料によって考慮されることはありうる。

[7]抗弁説,間接反証説もある。

[8]人損であることを示す。自賠法3条の適用要件。

[9]自賠法16条1項の適用に当たっての過去の論争の名残。不要説もある。