ちむブログ

書評とか備忘録とか

Ⅱ-10.医療過誤・使用者責任・製造物責任

Ⅱ-10.医療過誤使用者責任製造物責任

第1 XのYに対する損害賠償請求

  1. 法律構成

 死亡したAの子Xとしては,医療法人Yに対して,その経営するQ病院の業務従事者たるHの行為についての責任又はその法人Y自体の行為の責任を追及していくことが考えられる。ここで想定される法律構成は,Yの使用者責任(民法715条),債務不履行責任(415条),不法行為(民法709条)に基づく各損害賠償請求である。これらは請求権競合になるが,いずれかが認められるとそれ以外の請求権は認められない。以下,各請求別に検討する。

  1. 使用者責任に基づく損害賠償請求

(1)Xとしては,業務従事者Hの過失行為によってAが損害を被り,それを相続したものとして,Yの使用者責任(民法715条)を追及するという法律構成が考えられる。ここでの請求原因は,①Aの権利・法益侵害,②Hの加害行為に故意又は過失のあったこと,③②と①の間の因果関係,④Aの損害の発生とその額,⑤①と④の間の因果関係,⑥行為時にHがYの被用者であったこと,⑦Hの行為が,Yの業務の執行につき行われたこと,⑧A死亡,⑨XはAの子である。

(2)このような整理となるのは以下の理由による。すなわち,民法715条の責任は,業務従事者の不法行為について,報償責任・危険責任の見地から,使用者がこれに代位して責任を負うという代位責任である。したがって,Hの行為自体に不法行為が成立する必要がある。そこで①~⑤が必要となる。また,使用者の責任として,それが報償責任・危険責任の見地から正当化されるというには,被用者が業務の執行を行うにあたって行った不法行為であるということが必要である。したがって,⑥,⑦が必要となる。そして,これらによってAに生じた損害賠償請求権をXが相続したこと(民法882条,887条1項)を示すべく,⑧,⑨が必要となる。

(3)では,本件はこれらの要件をみたすのか。

1①=生命侵害

ア.①については,Aのどのような権利・法益が侵害されたのかである。これについてはまず生命という権利・法益が考えられる。

イ.これに対して,②であるが,Hの故意による加害行為は考えられないので,薬品βを投与し続けたことに過失がなかったかどうかが問題となる。過失とは客観的注意義務違反のことを言うが,医師における客観的注意義務とは,その意思という業務の性質に照らして,危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務のことを言う。そして,その注意義務が果たされたかどうかは,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を基準に判断すべきである。ただ,この臨床医学の実践というのも全国一律ではなく,診療にあたった当該医師の専門分野,所属する診療機関の性格,その所在する地域医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して類型的に見ていく必要がある。

本件では,Q病院は近畿地方の中核病院であり,その医療機関としての役割は大きいものがあり,臨床における医療水準も他の病院機関よりは類型的に高いものであることが推認できる。そして,そのような機関においては,患者の症状に合わせてとりうる医療が種々考えられるともいえる。そうしたとき,Hとしては延命効果の少ない薬品αよりも,延命効果がより望めるβを投与するということも方法として考えうる。この投与に当たっては副作用等も考慮して,患者に最も望ましい形で行うことが必要となるが,HのAに対する薬品β投与時たる2002年2月2日時点においては,薬品βの副作用については一部の新聞報道で指摘されてはいたが,医学専門誌や厚生労働省からの情報,製薬会社からの情報等はないものであった。そうであるならば,診療当時の臨床医学の実践としての医療水準としては,このような副作用を予見することはできず,結果としてHに客観的注意義務がないので,その義務違反もないといえる。また,投与ではなく,投与をやめなかったことの過失として考えたとしても,認知障害の現れた同年5月2日時点においても同様の状況であったため,予見可能性がなく,義務違反はない。したがって,②の要件をみたさない[1]

(ここから先は,仮に②Hに過失があった場合を念頭に論ずる)

ウ.Hに過失があった場合,それとAの生命侵害の間に③因果関係があるかであるが,これはHの過失による加害行為の危険が,Aの生命侵害へと現実化したかどうかの判断が必要となる。Hの加害行為は薬品βの投与をしたことないしやめなかったことというものであるが,後者の不作為については作為義務を考える。そして,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば,患者がその生命侵害を免れたことを事実審の口頭弁論終結時に高度の蓋然性をもって証明できる場合に因果関係が肯定されると解すべきである[2]

 本件では,A余命は1年程度ということであるから,Hが注意義務を尽くして診療行為を行っていたとしても,Aが生存していたと高度の蓋然性をもって証明することは難しい。したがって,③の要件を満たさない。

(ここら先は,仮に③因果関係が肯定された場合を念頭に論ずる)

エ.④損害についてであるが,ここでは逸失利益の算定が問題となる。Aはすでに余命1年程度ということとされており,実損主義に照らして控えめな算定方法による蓋然性ある収入額等を,同様の末期患者のグループの収入を考慮して,算定することとなる[3]。他には慰謝料等を考えることができる。慰謝料については処分権主義の制約から額の主張を要するが(民事訴訟法246条),裁判所の裁量が大きいので額の立証までは必ずしも要しない(民事訴訟法248条)。

オ.⑤権利・法益侵害と損害の間の因果関係は,賠償範囲確定の因果関係であるので,相当因果関係が問題となり,民法416条は相当因果関係を定めた規定であるから,これを類推適用して考えればよい。そうすると,逸失利益については通常生ずべき損害として因果関係が肯定される。

カ.⑥行為時にHがYの被用者であったこと,⑦Hの行為はYの業務の執行として行われたこと,⑧Aが死亡し,⑨XがAの子であることは認められる。

2①=生存可能性[4]

ア.①の権利・法益侵害であるが,これについてはAの生存可能性の侵害を考えることができる。すなわち,生命を維持することは人にとって最も基本的な利益である(憲法13条参照)ことから,これを生命と別個の権利・利益として保護しているものと考えるのである。

イ.これに対して,②であるか,これについては,上記※1の②参照。Hの過失は認められないが,認められる前提で以下を検討する。

ウ.判断基準は※1の③の通りである。そして,このときは加害行為と生存可能性の間に因果関係があるか,Hの加害行為がなければAがまだその時点では延命利益を保持できたかどうかが高度の蓋然性をもって証明できるかである。これについては,Aの余命を考慮しても,Hによる薬品βの投与ないし投与の継続がなければ,Aの生存可能性があったことは,高度の蓋然性をもって認められる。したがって,③は認められる。

エ.④損害については,生存確率の主張・立証を基礎に逸失利益と慰謝料が考えられる[5]

オ.⑤以下は※1と同様。よって,省略。

3①=適切な治療を受けることへの期待権[6]

 損害については,慰謝料程度という問題。

4①=患者の自己決定権

ア.①について,Aの自己決定権侵害を考えることができる。医師は,たとえある治療措置が当該患者にとって適切であると判断したからと言って,あるいはそもそも医療水準に即した措置として当該措置が確立しているからと言って,患者の同意がなければその措置を行うことはできない(専断的医療行為の禁止)。しかし,形式的な患者の同意を得ればよいというわけではなく,患者に対して十分な情報を与えたうえで有効な同意を得ることが重要となる。その有効な同意をとる前提として,医師の説明義務が観念でき,これを怠った場合に患者の自己決定権の侵害があるということができるのである。

 そして,この医師に課される説明義務とは,患者に合理的に理解できるように治療方法を説明することが求められ,原則として医療水準として確立した行為であることを要する。ただ,未確立の治療行為であっても,当該術式が少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該術式の適応である可能性があり,かつ,患者が当該術式の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を抱いていることを医師が知った時は説明をしなければならないと考えられる。

 もっとも,本件ではAはその重篤な症状から,医師の判断で症状等が伝えられていないという現状がある。そうしたときは,患者の家族等のうち連絡が容易なものに対して,告知し,治療方法等の説明をすることが医師の説明義務を果たしたことになると考えるべきである[7]

 本件では,薬品βの副作用については,医学専門誌や厚生労働省,製薬会社からの情報もなく,確立した医療水準として説明することはできず,未確立のものであり,この未確立の副作用についても,医師が新聞報道等を根拠に説明することまでは求められていないといえる。したがって,Hに説明義務違反はなく,Aの自己決定権侵害はない。

イ.以下,省略。仮に,自己決定権侵害があった場合は,損害として考えられるのは慰謝料だけであるという点は注意。

(4)これに対して,Yは死亡によって生活費の出費は免れたものとして損益相殺の抗弁を主張することは考えられる。また,民法715条1項ただし書きの監督上の注意義務を果たしたことを抗弁として主張することも考えられる。

 本件については,あてはめ等省略。

 

  1. 準委任契約の債務不履行に基づく損害賠償請求[8]

(1)Xは,AがYとの間で締結した診療契約としての準委任契約(民法656条)に債務不履行があったとして,それに基づく損害賠償請求権(民法415条)が発生しており,それを相続したとして,損害賠償請求を行うことが考えられる。

(2)ここでの請求原因は,①AY間の準委任契約の締結,②債務の不履行としてのa.①に基づいてYのなすべき義務,b.義務違反,③Aの損害の発生とその額,④②と③の間の因果関係,⑤A死亡,⑥XはAの子,となる。

(3)本件についてみるに,①2001年12月頃,AY間で診療契約を締結している。そして,②a.Yは本件診療契約に基づき履行補助者Hを[9]して,Aに合理的な診療を行うべき義務を負っていると考えられる。そして,この契約に基づく義務をYは履行すべきであり,この契約履行に当たってはHの過失行為(生命侵害・生存可能性侵害については※1イ参照から認められない。説明義務[10]として構成しても※4から認められない)が問題となるも,本件でHは合理的な処置を施していると考えられるので,b.義務違反はない。したがって,②の要件はみたされない。(仮に②がみたされるとした場合) ③損害としては,債務不履行があったなら置かれていた利益状態と債務不履行があったために置かれている利益状態の差を金銭で評価したものとして,履行利益としての逸失利益等が考えられる。④因果関係については,民法416条から相当因果関係の問題となる。【省略】

(4)請求原因が認められるとした場合に,Yとしては帰責事由不存在の抗弁が考えられる。しかし,本件は手段債務である。手段債務は合理的行動を尽くさなかったことが債務不履行であるので,債務不履行が原告側で立証された時点で,合理的注意を尽くしたとか不可抗力免責を語る余地はない。したがって,このような抗弁は認められない[11]

 

  1. 法人の過失による不法行為に基づく損害賠償請求

 【省略】

※組織過失・システム構築責任として法人の不法行為責任を問題とすることはできる。

 

第2 XのFに対する損害賠償請求[12]

  1. 法律構成

 Xとしては,Fの薬品βの欠陥を理由として製造物責任(製造物責任法3条)を追及していくことが考えられる。

  1. 製造物責任に基づく損害賠償請求

(1)ここでの請求原因は,①βが製造物であること,②Fがβの製造業者であること,③βについて引渡し時[13]に欠陥があり,それを引き渡したこと,④Aの権利・法益侵害,⑤③と④の間の因果関係,⑥Aの損害の発生とその額,⑦④と⑥の間の因果関係,⑧A死亡,⑨XはAの子,となる。

(2) 製造物責任法3条の文言に従えば,①~⑦の整理となり,それを相続したものとして⑧,⑨としている。①~③は製造物の製造にかかる危険責任に基づく無過失責任として,欠陥がある場合には賠償責任を負うということを示すものである。

 では,本件でこれらをみたすのか。①薬品βは製造物(製造物責任法2条1項)であり,②Fはその製造者(製造物責任法2条3項)である。そして,③について,欠陥とは設計上の欠陥,製造上の欠陥,指示・警告上の欠陥があるかどうかが問題となるが,薬品βの副作用についてはFの知悉するところではなく,当該症状に当たって当該時期における指示・警告を設けておくことが欠陥といえるだけのものということはできない。したがって,③の要件を欠く[14]

 よって,かかる請求は認められない。

(3)仮に,請求原因が認められたときは,開発危険の抗弁(製造物責任法4条1号)が考えられる[15]。つまり,製造者等が当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては,当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったことが抗弁となるのである。ここで問題となるのは認識可能性程度のものではなく,無過失責任とした趣旨に照らして,引渡し時点においての入手可能な最高水準のものを基準に判断すべきである。

 あてはめについては省略。

以上

 

[1]平成8年1月23日によれば,薬品の注意書きに従わなかったときは,合理的な理由のない限り,医師の過失が推定されるとしている。

[2] 2002年8月20日の時点での生存ないし生存可能性について,高度の蓋然性をもって証明できるかどうかについて,平成8年1月23日判例は権利侵害と加害行為の因果関係を主張立証すればよく,実際に死亡した時点での生存まで高度の蓋然性をもって立証する必要はないとした。生命侵害で考えた場合は,死亡時点で生存していたことまで高度の蓋然性をもって立証する必要がある。本件のあてはめではこれができないため,因果関係が認められないということである。

[3] Aは2000万円(従来の収入)を得られるのか,契約等で得ていればこれを基礎収入とする。そうでない場合は,末期患者のグループの平均収入という形で考える。

[4]治癒可能性?

[5]生存可能性は法益として認め,可能性の点は損害で考慮するという見解を採用したのが,平成11年9月23日判例。慰謝料しか認められないという見解もあるが(調査官解説参照),最高裁が原審の期待権侵害構成を否定したことから見れば,単なる慰謝料の請求だけでなく財産的損害の請求も認められるというようにもニュアンスとして感じ取れる。特に延命利益,生存可能性の侵害について,非財産的侵害に損害を限るという論理的制約もないように思える。

[6]患者が期待してよい治療措置というのが,医療水準に即した医療行為に限られるのかという問題がある。未確立な治療方法という判例(説明義務のもの)を準用して考えればよい?要検討。平成23年2月25日判決においては,医師の措置がよほど不合理なものでない限り,期待権の侵害のみを理由として不法行為責任を成立させるものではないとした。もっとも,不合理なものであった場合は,不法行為責任を認める余地があるとしている点に注意(グレーゾーンの残存)。

[7]家族に説明することが,つまりそのような配慮をすることが,患者本人にとって法的保護に値する利益となるということである。

[8] AY間との診療契約に基づく付随義務として,YがXに対して義務を負っているという構成も取りうる。上記はAに対する説明義務として構成した。

[9]過失責任として構成するか,契約遵守原理から構成するか。具体的な要件面への反映の説明は後日。

[10]説明義務として構成する場合は,診療契約に基づく付随義務として構成する。

[11]最判平成8年1月23日との関係で,注意書きに従わないときに一応の過失の推定がなされたとして注意義務違反を肯定した場合は,これに対する抗弁として,特段の合理的理由が主張できる。こういう構造の下では,手段債務であっても帰責事由不存在に近しい抗弁を主張することも考えられる。

[12]法人の過失という論点もある。具体的個人を特定できない場合でも,公害等の場合は企業によって不法行為がなされたと考えることが直截的な場合がある。そうしたときは,法人の不法行為として考えることがありうる。しかし,本件はそうした公害事案ではないから,そこまで考えていくことはできないのではないか。今回はこう考えたことから不法行為責任について記述しなかった。

[13]出荷時点のこと。事故時に欠陥があれば,引渡し時に欠陥があることの事実上の推認が働く。証明責任の転換ではない。

[14]欠陥とは何か。潮見黄色みたいな規範的要件で考えるとまた別なのか?欠陥は薬品製造者の注意義務とパラレルになりそうだが有りなのか。あてはめ等含めて要検討。

[15]免責ルールに近い。潮見145頁参照。