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Ⅲ-8.担保保存義務

Ⅲ-8.担保保存義務

1.Gが甲上の抵当権を無償で放棄する場合

(1)B2との関係

ア 民法504条によれば,① 民法500条の規定により代位をすることができる者の存在

② 債権者の担保喪失・減少行為 ③ ②についての債権者の故意・過失 の三要件が満たされた場合には,①の代位ができる者は②の担保喪失または減少によって償還を受けることができなくなった限度において,その責任を免れる。

 本件においてB2は,GのSに対する6000万円の貸金債務について,Sの委託を受けて連帯保証しており,Gに対して6000万円の連帯保証債務を負っている。したがってB2は,Sの債務が弁済されなければGから6000万円について強制的に取り立てられる地位にあるといえるため,民法500条の弁済をするについいて正当な利益を有する者にあたるといえる。よって,要件①は満たされる。また,甲不動産の抵当権をGが放棄すれば,Gは担保を喪失することになるから要件②も満たされ,Gはそのことを認識しているから要件③も満たされるといえよう。したがって,要件①の代位ができる者に該当するB2は,Gによる甲不動産上の抵当権の放棄によって償還を受けることのできなくなった限度において責任を免れると主張し,Gの請求を拒むことができる。

イ 次に問題になるのが,B2が責任を免れる額はいくらになるかということである。

その問題のうち一つ目の論点は,B2はGによる甲不動産の抵当権の放棄によって甲不動産に代位することはできなくなったが,物上保証人B1が有する乙不動産に対してはなお民法501条5号の規定により代位することができるから,それによって代位できる額については責任を免れないと考えるべきではないかということである。

しかし,504条の文言は,単純に失われた担保の額について責任を免れると規定しているものと読むのが自然である。さらに501条の代位の規定の趣旨を実質的に考察すると,それは最終負担者たるべき主たる債務者が無資力となった場合に,債務者以外の者の間でどのように危険を分配するかという,保証人や物上保証人同士の内部的な負担関係を定めたものであると考えられる。それに対して504条の規定は,債権者が担保を喪失・減少させた場合に,債権者と保証人などとの間での信義則的な調整として責任免除を定めたものであり,担保の減少そのものが法定代位権者である保証人や物上保証人に与える不利益を,自ら担保を減少させた債権者に信義則に基づき転嫁する制度である。

債権者は自ら担保を減少させた以上,その減少額に対応する不利益を甘受すべきであり,最終負担者でもない保証人など法定代位権者の内部的な負担関係というそれと無関係の制度を根拠に責任免除を限定することが許されるべきではなかろう。したがって,B2が責任を免れる額を算定するときに,B2が物上保証人B1所有の乙不動産へ代位ができることを考慮に入れる必要はない。

ウ 二つ目の論点は,甲の抵当権放棄によってB2が償還を受けられなかった額を甲の時価である6000万円と評価するのか,甲が競売されたときの予想競落額,つまりB2が代位によって回収できる額として想定される4800万円と評価するのかということである。

504条は文言上も担保の喪失そのものを問題としており,具体的な回収可能額を基準に責任免除を考えているようには特にうかがわれないから,失われた担保物の時価を基準として責任免除額を算定すべきであろう。したがって,B2は6000万円全額について責任免除により請求を拒むことができる。

 

(2)B1,Iとの関係

ア B1はSの物上保証人であるから,Sの債務が弁済されなければ乙を競売にかけられてその所有権を失うことになりうる。したがってB1は,民法500条の弁済につき正当な利益を有する者に当たる。そうすると,Gが時価6000万円の甲の抵当権を放棄した場合にはGのSに対する債権6000万円全額について責任を免れるから,抵当権の付従性により乙の抵当権が消滅したと主張することができ,乙の抵当権登記の抹消登記手続請求や抵当権不存在確認訴訟を提起できることになろう。

イ Iは乙の第二順位抵当権者であって,Gに対してはなんらの債務や責任を負わないから,504条の適用を受けるものではない。しかし,Gによる甲の抵当権の放棄によって,上述のようにGの乙に対する第一順位抵当権は実体上消滅することとなるから,Iは自らの第二順位抵当権に基づく妨害排除請求権として,Gに対してその第一順位抵当権登記の抹消登記手続請求をすることができる。

 また,Gの抵当権登記抹消より前に乙の競売がされれば,Iは自らの抵当権を失い,乙の価額からすれば乙から配当を受けることもないであろうと考えられるが,そのときもしも甲の抵当権が消滅していなければ,B1が500条及び502条によりGに代位して甲から配当を受ける地位を獲得することになったはずであり,そしてIはB1の抵当権者として,物上代位の法理によりB1に優先して甲不動産から配当を受けることができたはずである。

ウ したがって,Gによる甲の抵当権放棄はIのこのような期待を害するものであるから,競売中にIが以上のような主張によって配当異議を出した場合には,Iが甲から受けられたであろう配当(おそらくは,B1の代位額は2000万円を超えたはずであるから,Iの2000万円の債権全額がこれにあたろう)について,GはIに対して優先弁済を主張できないことになる。

 Iから以上のような配当異議が出されないまま競売手続が終了した場合には,IはGが甲の抵当権を放棄しなければ自らが甲から受けられたであろう配当額について,Gに対して不当利得返還請求ができると考えられる。

 

(3)小括

 以上から,GはB1,B2,Iから抵当権法規についての同意を得ておく必要があると考えられる。なお,Hは甲の代に順位抵当権者であり,Gの抵当権法規による順位上昇の利益を受けるのみであるから,その同意は不要である。

 

2. Gが乙上の抵当権を無償で放棄する場合

(1)B2との関係

 乙上の抵当権が放棄されると,乙の時価である3000万円がGの故意行為により担保から失われたことになり,弁済すれば乙に代位することができた(民法500条,501条5号)はずのB2は3000万円につき償還を受けられなくなるものと考えることができるから,B2は民法504条により3000万円の限度でGの請求を拒める。

 S所有の甲土地が担保から外れてもB1所有の乙が担保から外れても,B2としてはその価額相当の担保が失われるという不利益を受けており,自らの責任で担保を喪失した債権者Gとの関係では,B2が失われた担保価値分の請求を拒めるとするのが公平であると考えられるからである。

(2)B1,Iとの関係

 B1もIも,乙上の第一順位抵当権が放棄されることによって利益をうけるのみである。

(3)Hとの関係

 Hは,債務者S所有の甲土地上の第二順位抵当権者である。ここでSは主たる債務者であり最終負担者であるから,甲の抵当権のみが実行されたとしてもSは求償権を取得しえず,乙に代位することも当然できないから,甲の第二順位抵当権者Hが物上代位の法理により乙から配当を受けるようなこともそもそもありえない。

 したがってHは,Gによる乙上の抵当権放棄について利害関係がないから,GがHから同意を得る必要はない。

(4)小括

 以上より,Gは乙上の抵当権の放棄に当たっては,B2からは同意を得る必要がある。

 

  1. 問題文中(2)の任意売却計画案の場合について

(1)Hとの関係

 甲を売却する際に,Hに抵当権の放棄を求めることになるので,Hの同意は必要である。しかし,Hが同意しない場合に抵当権を残したままDに甲を売却したうえで,第三取得者となったDから抵当権消滅請求民法379条)を行うようにすれば,Hが競売を申し立てても無剰余競売(民事執行法63条)となり取り消されるはずであるから,それによってHの承諾が擬制されて(民法384条4号),Dが代価を払い渡せばHの抵当権は消滅することになる。こうすると,必ずしも同意をとる必要はないということになる。

(2)B1とB2との関係

 6000万円相当の甲を,5400万円で売却し,それをGは5100万円しか獲得しないのであるから,GはいまだB1の乙上の抵当権の実行とB2に対する保証債務の履行を900万円の限度で行うことができる。6000万円で売っていれば,このような請求がなされることはないのであるから,このような安価で売却することは担保の喪失・減少といってよい。したがって,900万円の限度でB1とB2は免責を主張することができる(民法504条)ので,これらのものの同意を取り付けることが必要である。

(3)Sとの関係

 S所有の甲土地の売却なのでSの同意は必要である。

(4)Iとの関係

 B1の同意が必要と考えるのであれば,Gによる甲の任意売却は前述のようなIの期待を害するものであるから,同意を必要であると解すべきである。

(5)小括

 以上から,SとB1,B2,Iの同意は必要となるが,Hの同意は必要とされない。

 

  1. 任意売却案におけるEとの関係について

本件では,Eが乙を取得した後に任意売却計画に対して同意がなされている。任意売却計画に対して与えられた各人の同意は属人的な者であってその当事者ではないEを拘束するものではない(契約の第三者効の否定)。したがって,その事情を知らないEは甲上の抵当権に対する代位の期待を奪われたものとして,民法504条により900万円の責任免除を主張できる。

このことは,計画が合理的なものといえるかどうかには関わらない。EがGの担保権喪失により代位の期待を奪われている以上,担保喪失を認識している債権者との関係では責任を免除されるべきであるとするのが公平であると考えられるからである。

以上