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Ⅲ-9.物上代位と相殺

Ⅲ-9.物上代位と相殺

1.X→Yに対する未払い賃料の支払い請求

(1)Xは抵当権に基づいて物上代位権を行使し,AのYに対する賃料債権を差し押さえて,Yに対して,未払い賃料の支払いを求めることが考えられる(民法372条,304条)。

 Xは,まず裁判所に対して差押えの申立てをなし,執行裁判所の差押え命令により,執行手続を開始する(民事執行法193条1項後段,民事執行法143条)。そして,差押え命令の送達により,Xには取り立て権限が与えられる(民事執行法155条1項)。これによって,Yが任意に支払ってくれるのであればそれでよいが,Yが任意に支払わないときは取立訴訟(民事執行法157条)を提起することが必要となる。

 ここで,抵当権の存在や差押えの対象となる債権の存在といった事情は,ほとんどが上記の差押え申し立ての段階で提出する書面(民事執行法193条1項後段)に記載されているので,改めて主張立証する必要はない。

 本件では,Xは①取立権限を取得したこと,及び②賃料債権の月額が600万円であることを主張立証すれば,取立訴訟における請求を基礎づけることができる。

(2)これに対して,Yは(ⅰ)賃料への物上代位の不可,(ⅱ)4~6月分の物上代位の不可,(ⅲ)Dの差押えに物上代位が劣後,(ⅳ)相殺による賃料債権の消滅を反論として主張することが考えられる。

ア (ⅰ)について

 抵当権は被占有担保であることから目的物の利用の対価である賃料に対しては物上代位を認めることができないという見解がある。実際,賃貸借があっても,抵当権者は抵当権の実行により不動産を看過できるのであるから,わざわざ物上代位を認める必要がないということである。しかし,民法371条の文言上はこれを排除するものとは見れないし,賃料債権への物上代位を認めても抵当権設定者の使用収益それ自体を奪うことにはならない。したがって,賃料債権に対する物上代位も認められると考えられるから,Yの(ⅰ)の反論は認められない。

イ (ⅱ)について

 371条の文言からは抵当権は被担保債権の債務不履行時に生じた果実にのみ物上代位が及ぶように読める。そうすると,4~6月分の賃料は不履行前のものであるから物上代位ができないとも思える。しかし,賃料債権への物上代位の根拠は,371条というよりは,372条の準用する304条であり,そこにはそのような限定はない。また,物上代位権を行使するのに,不履行後の者にしか及ばないとすると,資力に不安のある債務者の将来取得する債権しか対象とならず,担保の引き当てとしては脆弱に過ぎる。抵当権の目的不動産の賃貸に関する賃料債権には,抵当権の効力が潜在的伊及んでおり,被担保債権の不履行時以前の賃料債権にも未払いであれば物上代位権は及ぶと解すべきである。したがって,Yの(ⅱ)の反論も認められない。

ウ (ⅲ)について

 DがXの物上代位権の行使よりも先に差押えをしているが,そのあとにXが目的物を差し押さえて物上代位をすることは妨げられない。判例によれば,物上代位に当たって,差押えが要求されるのは,第三債務者の二重払いの危険から保護するためにある(民法304条1項ただし書き)。そうすると,少なくとも抵当権の登記があれば,競合債権者からは物上代位の対象となることが明らかである以上,債務者もそれを信じて登記のある者に払えばよいとの判断がつく。したがって,差押えより先に登記があれば物上代位もでき,これは一般債権者であるDに優先するので,Yの(ⅲ)の反論も認められない。

エ (ⅳ)について

 抵当権者が、その抵当権設定者の有する賃料債権を物上代位により差し押さえたとき、賃借人は、抵当権設定者(賃貸人)に対して有している反対債権を自働債権として相殺をすることができるのか。

 この物上代位による差押えと相殺の関係については、反対債権の取得の時期と抵当権設定登記の時点の先後により、抵当権者が差押債権をめぐって競合する第三者や第三債務者に対して優位に立つかどうかという優劣を決するべきである(登記時基準説)。

 なぜなら、抵当権設定登記によって、賃料債権に対して抵当権の効力が及んで将来物上代位される可能性のあることが対外的に公示されていると言えるからである。したがって、抵当権設定登記後に第三債務者が反対債権を取得しても相殺の合理的期待は生じたとは言えず、差押え後の相殺は抵当権者に対抗できないが、抵当権設定登記前に反対債権を取得したときには保護されるべき相殺の期待が生じるから、相殺が対抗できるのである。

 このような、Xによる相殺が劣後し物上代位が優先するという主張は、反対債権の取得より前に抵当権設定登記を了したことを、相殺の抗弁に対して再抗弁として主張立証する。

 本件では、自働債権としてYが主張する可能性のあるものは、YのAに対する建設協力金返還請求権[1]と保証金返還請求権[2]である。本件の建設金預託契約は、消費貸借契約と考えられ、貸金返還請求権としての建設協力金返還請求権は、契約時である1990年3月3日に発生しているため、抵当権設定登記前に発生しているので、抵当権者に対抗できる。しかし、保証金返還請求権は、抵当権設定登記後に発生しているので、上記再抗弁が提出されることとなる。

 

2.YがAとの賃貸借契約を合意解除して乙から退去した場合に,Xの請求はどうなるのか

(1)このような場合において,Xは,4~6月分の賃料債権に対して物上代位権を行使できるのか。本件保証金のうち,7000万円が敷金の性質を有しており,敷金返還請求権は明渡時に差引計算がなされた残額について発生することとなる。

(2)YがAとの賃貸借契約を合意解除して乙から退去することについては,契約当事者間の自由であり,その点は私的自治からして何ら制約はない。このとき,敷金が賃貸人の賃借人に対して取得する一切の債権に当然に充当され,その残額について敷金返還請求権が発生するという敷金契約の性質から,敷金は未払い賃料債権4~6月分について意思表示を必要とせず。当然充当され,未払い賃料債権は消滅することとなる。敷金契約の付着した賃料債権を差し押さえた抵当権者は,このような敷金の充当が予定された賃料債権を差し押さえたのであるから,このような処理を甘受すべきであるし,このような処理の方が賃借人の保護にも資する。

(3)したがって,物上代位の対象となる賃料債権が消滅している以上,Xの請求は棄却される。

 

  1. 特約の3項が賃料減額や賃料免除を定めていた場合の差異

当事者の合意の拘束力を認め,抵当権者もこれに拘束されるとすれば,XはYに対して200万円の限度でしか賃料請求できないということになる。しかし,賃料の減額や免除も相殺と同視すれば,処理は同様になるはずである。そもそも,当事者の合意の形式によって,抵当権者に対抗しえる場合が安易に作り出せるのは妥当でない。したがって,差異は生じないと解すべきである。

以上

[1]Yは、相殺の抗弁として、①自働債権の発生原因事実、②相殺の意思表示をしたこと(本問では合意第3項)、③受働債権の差押えの時期と、④自働債権がその差押え前に発生したこと、を主張立証することになる。③④が要求されるのは、この相殺の抗弁が被差押え債権の取立訴訟の中での抗弁であることから、相殺の主張をする際に、受働債権が被差し押さえ債権であるにもかかわらず相殺が例外的に許されることを基礎付ける必要があるからである。これに対して、Xは、自働債権の喪失を再抗弁として主張することが考えられる。YはCに対して建設協力金返還請求権を債権譲渡担保に供したので、権利は移転し、もはやYとXの間に自働債権と受働債権の対立構造がなく、相殺はできないという主張である。この再抗弁により、Yの建設協力金を自働債権とする相殺の抗弁を排斥される。

[2]本件では、保証金の合意は賃貸借契約と同時に結ばれており、保証金は賃貸借契約が終了した場合、Yが乙から退去した3ヶ月後に、3000万円分を予め控除して、未払い賃料やAに生じた損害を差し引いて利息を付さずに返還するという保証金契約の内容から、1億円の保証金のうち、7000万円分については敷金の性質を有する。

 敷金は、賃貸借契約が終了して賃借人が目的物を明け渡した時点で、未払い賃料債権や損害賠償請求権に当然充当され、差し引き計算がなされるので、敷金返還請求権は、明渡時に初めて、敷金返還請求権が具体的に発生する。しかし、本件では、AY間の合意第2項があるため、保証金返還請求権は、Dの差押え時2006年3月24日に発生している。いずれにせよ保証金返還請求権の発生の時期は、抵当権設定登記の後であり、保証金返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁に対しては、相殺の劣後・物上代位の優先の再抗弁がXから提出されることは前述した。

 しかし、この再抗弁に対して、Yは、差押え前の相殺によって、受働債権(4〜6月分の賃料債権)が消滅した、という再々反論が提出できる。なぜなら、第三債務者が目的債権を消滅させるまでに、抵当権者が目的債権の差押えを行わなければ、物上代位権を行使することはできないからである(304条1項ただし書き)。抵当権者による差押えがされるよりも前に、賃料債権についてそれを受働債権とする相殺の意思表示がなされれば、こうした差押え前にされた相殺は有効であり、相殺は、その債権につき「払渡し又は引渡し」(304条1項ただし書き)がされたものと評価できるため、(抵当権登記が先にされているとしても、)もはや物上代位権の行使はできなくなる。

本件では、AY間の合意第2項により自働債権(保証金返還請求権)が、Dの差押え時2006年3月24日に発生しており、これはXの物上代位による差押え2006年6月7日より前であるため、Xの差押え前に発生した賃料債権4〜6月分については相殺適状が生じている。そして、これについて相殺の意思表示はなされていないが、AY間の合意第3項によって相殺の効果が差押え前にすでに発生している。したがって、4〜6月分の賃料債権は、すでに相殺によって消滅しており、Xはこの部分について物上代位をすることはできない。しかし、7月分以降の賃料債権はまだ発生していないため、相殺できないので、原則通り物上代位が優先するということになる。