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Ⅱ-4.金銭所有権の特質と原状回復問題

Ⅱ-4.金銭所有権の特質と原状回復問題

第1 XのMに対する200万円の返還請求

1.XのMに対する不当利得返還請求権

(1)請求原因

 Xとしては,Mに対して誤って振り込んだ200万円を,不当返還請求権に基づいて返還請求していくことが考えられる。Xは誤って仕向銀行にMに入金するように依頼し,被仕向け銀行はその旨の仕向銀行からの依頼を受けて,Mに入金を行っている。依頼人と受取人に法律関係がなくても預金自体は成立するので受取人は200万円の預金債権を得ることになるが,依頼人Xとしてはこの受取人Mの預金債権の保持は許されないとの主張をすることになる。ここでその実体法上の請求を基礎づける要件事実が問題となるが,これは不当利得の制度趣旨をいかに理解するかという問題と関連する。

これについて,不当利得の制度趣旨を,一般的・形式的には正当視される財産的価値の移転が,実質的・相対的には正当視されない場合にその矛盾を公平の理念に従って調整するものと考える(衡平説)。※1衡平説とするか,※2類型論とするか,以下場合分け。

1衡平説を採用

ここでの要件事実は,①Mの受益,②Xの損失,③①と②の因果関係,④法律上の原因の不存在である。そして,③の因果関係とは必ずしも直接の因果関係に限られるものではなく,同一の財産価値の移動として追究されるかどうかという[1],衡平の理念から見た社会観念上の因果関係で足る[2]。また,④の法律上の原因の不存在は,衡平の理念から見て法律上の原因が不存在といえるかどうかの規範的問題である。本件でいえば,Mが受益を正当視されないという事情,つまり本件預金が誤振込みに基づくものであることを知っている,若しくは知らないことに重過失がある場合は,契約に基づく利得保持権原があるとしても,そのような者には公平の観点から見て利得の保持が正当化されないといえる。ここで単なる過失ではなく,重過失を要するとするのは,金銭の高度の流通性を前提とした場合,その金銭の取得者を保護する必要性が高いといえるので,手形法16条2項の趣旨に徴して,単なる過失ではく,重過失を要すると解されるからである。つまり,ここでの④法律上の原因の不存在は誤振込みについてのMの悪意・重過失である[3]

本件においては,①Mは200万円を預金口座に有することになり受益している。そして,その反面,②Xは200万円の損失が出ている。では,③が認められるかであるが,ここではXの誤振込みによってなされた金銭がMの手元にはいったといえるかであるが,通常振り込み依頼があれば仕向銀行はそれに従って,被仕向銀行に対して相手方への振り込みを依頼し,それに従って被仕向銀行は相手方に振り込むということになっている。そうだとすれば,およそある者に対する振込みの依頼があれば,その振込み依頼に従った預金が依頼主から相手方へ財産的価値として移動しているといえる。記帳という作業が行われるだけで,それによって預金が生じるのである。つまり,本件でいえば,③Xの預金がMの手元に行くのは契約上通常のことで,その間における財産的価値の移転は同一性を保ったままであることから,この受益と損失の間の社会観念上の因果関係は認められる。一方,④のMの悪意・重過失については,本件事情の下では明らかではないため,認められるという前提で以下は検討する。

 

2類型論を採用

(衡平説)⇒しかし,これは物権行為の無因性を前提とするドイツでとられていた旧見解であり,物権行為の無因性を認めない我が国の民法においてその妥当性については疑問がある。そこで不当利得の制度は,法律上の原因のない利得というのがどういう場面から生じたのかという点に重きをおいて,問題となる場面を財貨移転,財貨帰属,負担帰属等にわけ,それぞれの法秩序によって法律上の原因が法的に承認されない場合をそれぞれの法秩序に照らして類型的に解釈すべきである(類型論)。

そうすると,ここでは侵害利得として考えることができる。それは債権的な返還請求を物権的請求権のアナロジーで考えることとなり,その要件事実は,①Mの受益,②Mの受益がXの権利に由来すること[4]となる。これに対して法律上の原因が存在することは,物権的請求権と同様,相手方が主張すべきものだとされる。

本件では,①Mは200万円の受益があり,それは②XがQに対してMに200万円を振り込むというXQ間の振込委託契約を締結しており,それに基づいてQはPに対して電子為替としてそれを受け,PがMに200万円を振り込んでいる。そして,これには社会観念上の因果関係が認められることからMの受益はXの権利に由来するといえる[5]。したがって,請求原因は認められる。

 

(2)抗弁

1衡平説を採用した場合の抗弁

これに対して,Mは利得消滅の抗弁(民法703条)を主張することが考えられる[6]。利得について善意の者がその費消について責を負うとするのは妥当でないことから,善意の者であれば,現存利益の返還だけでよいというものである。そうすると,ここでの要件事実は①MY間の金銭消費貸借契約の締結[7],②MからYへ①の債務に対する150万円の一部弁済,③それがMの預金から支出されたこととなる。

ここで703条により保護を受けるためには,権利保護要件としての善意を主張立証しなければならないとも考えられる。しかし,703条の文言上は善意が要件とはなっていないし,受益を処分する自由は相手方にある以上,それを覆す形,つまり受益の正当化を認めないとの主張は請求者側で行っていく必要があると考えられる。ここで善意は要件とならない。

 そうすると,本件についてみると,〔あてはめ省略[8]

 

※類型論を採用した場合の抗弁

 これに対して,MはXが受益についての権原を喪失したものとして[9],金銭価値支配権原喪失の抗弁を主張することが考えられる。

(a)XQ間

ここで考えられるのは,①XQ間の振込委託契約の締結と②それに基づく交付である。これによりXの200万円の振り込みが契約に基づくものとなり,金銭についての受益の支配権原がXから喪失されることとなるからである。

本件では,〔あてはめ省略〕

(b)QP間

 これはPが金銭的価値支配権原を取得したとして,Xの受益についての価値支配権原の喪失を主張することが考えられる。すなわち,即時取得に準じて(民法192条参照)[10],QがXの金銭に対する価値支配権原を取得するのだから,その反射としてXの金銭に対する価値支配権原が喪失することとなり,請求原因が認められないという形で抗弁が考えられる。

 その場合の要件事実は,①QP間の電子為替取引契約の締結,②①に基づくQからPへの200万円の交付である。

 本件では,〔あてはめ省略〕

(c)PM間

 QP間とほぼ同様のことがPM間においても考えられる。そこでの要件事実は,①PM間の普通預金契約の締結,②Pが入金記帳した金額がMの預金となる旨の預金契約中の合意,③PによるMの普通預金口座への200万円の入金記帳である。

 本件では,〔あてはめ省略〕

 

(3)再抗弁

1衡平説を採用した場合の再抗弁

 利得消滅の抗弁に対するMの悪意の再抗弁が考えられるのは上記のとおりである[11]

〔あてはめ省略〕

 

2類型論を採用した場合の再抗弁

 QP間・PM間の即時取得を否定するものとしての悪意・重過失とか,XQ間の振込委託契約の錯誤無効(民法95条本文)とか。

 

第2 XのQに対する200万円の返還請求

1.XのQに対する不当利得返還請求

(1)請求原因

 不当利得返還請求権が考えられる。衡平論であれば,上記※1と同様に検討すればよい。そのときの要件としては,①Xの損失,②Qの受益,③①と②の因果関係,④法律上の原因の不存在としての誤振込みという錯誤(民法95条本文)となる。

 類型論によると,これは典型的な給付利得の場面であるので,①XからQへの給付として,a.XQ間の振込み委託契約,b.aに基づく200万円の交付と,②法律上の原因の不存在としての①aの契約の錯誤無効である。

 本件については,〔あてはめ省略〕

(2)抗弁

 衡平論については利得消滅の抗弁もありうる。しかし,給付利得については利得消滅の抗弁は考えられないので,ここでは錯誤無効の主張制限としてのXの錯誤についての重過失がある(民法95条ただし書き)。

 本件については,〔あてはめ省略〕

 

2.XのQに対する債務不履行に基づく損害賠償請求

(1)請求原因

 Xとしては誤振込みに気付いたことで,Qに対して組戻しの依頼をしている。組戻しは振込み委託契約の合意解除の性質を有しており,銀行はこれに応じる義務があるが,XとしてはQがこの組戻し義務を怠ったため,200万円の損害が出たとして,債務不履行に基づく損害賠償請求をしていくことが考えられる(民法415条)。

 そこでの要件事実は,①XQ間の振込委託契約の締結,②組戻し義務の債務不履行,③損害とその額,④②と③の間の因果関係である。

 まず,①XQ間での振込み委託契約は認められる。しかし,②について,通常組戻し義務については例外があり,すでに振込先の金融機関がすでに振込通知を受信しているときは組戻しができないとされており(銀行振込規定参照),本件ではQはすでにPに振込通知をして,Pがそれに従って振り込んだものをMが引き出しているのだから,Qには組戻し義務があるとは言えない。したがって,かかる請求原因は認められない。

 

3.XのQに対する指図の瑕疵に基づく不当利得返還請求

(1)請求原因

 第2の1とほぼ同様ではあるが,XがQに対してMに振り込むように依頼したことが,Xの預金をMに振り込む原因行為であり,これがQから(P⇒)Mへの預金の振込みをしてQに財貨の移転させる法律上の原因となっていると考えることができる。こうした場合,この指図に瑕疵があったとすれば,この法律上の原因を欠くことになるから,給付利得に基づく不当利得返還請求権が認められる。そこでの要件事実は,①XQ間の振込み委託契約の締結,②①による指図でMへの振込み,③①に基づく200万円の交付,④②について錯誤となる[12]

 本件では,〔あてはめ省略〕

 

第3 XのPに対する200万円の返還請求

1.XのPに対する不当利得返還請求

〔ほぼ第2と同様。省略〕

 

第4 XのYに対する150万円の返還請求

1.XのYに対する不当利得返還請求[13]

(1)請求原因

1衡平論

要件事実は①Yの受益,②Xの利得,③①と②の因果関係,④法律上の原因の不存在で,第1の※1と同様に考えればいい。問題は因果関係について,社会観念上の因果関係が言えるのかというところ。あとは省略。

2類型論

 類型論によると,侵害利得に当たり,請求原因は①Yの受益,②①がXの権利に由来することとなる。

 〔あてはめ省略〕

(2)抗弁

 第1の1(2)抗弁に加えて,MY間におけるYの価値支配権原取得によるXの価値支配権原喪失の抗弁を取り上げることが考えられる。すなわち,①MY間の300万円の金銭消費貸借契約の締結,②この借入金債務の一部弁済として,MがYに対して150万円を支払ったことが抗弁となる。

 〔あてはめ省略〕

(3)再抗弁

 第1の1(2)と同様。あとは,Yについての悪意・重過失を問題にする余地はある。

 

2.XのYに対する物権的価値返還請求[14]

(1)請求原因

 能力的な関係で割愛

 

3.XのYに対する詐害行為取消権に基づくYのMに対する150万円の返還請求権[15]

(1)請求原因

 XはMに対する不当利得返還請求権を被保全債権として,MのYに対する債務の弁済について詐害行為取消権(民法424条)を行使することが考えられる。ここでの要件事実は①XのMに対する不当利得返還請求権の存在(被保全債権の存在),②Mの無資力,③詐害行為としてのa.MY間の金銭消費貸借契約の締結,b.a.の債務について一部弁済,c.Y・Mそれぞれの害意である。

 本件では,〔あてはめ省略〕

以上

 

[1]我妻の言い回しは,「数人の間に財産価値の移動が行われた場合には,それらの人々の間における財産価値の移動を生ずる法律要件の形式や関係するそれぞれの者に帰属する法律的性質などに拘泥せず,同一の財産価値の移動として追究される限り,言い換えれば,Aの損失がBの利益に帰したと社会観念上認められる限り,不当利得の成立要件として必要な因果間家の存在を認め,しかる上で,一連の関係者のうちの誰から誰への不当利得返還請求権を認めることによって全関係の調整を行うべきかは,専ら『法律上の原因の有無』という次の要件によって決すべきもの」であるというものである。

[2]本件では利得時点でのMの預金残高が明らかとなっていないため,もしMの預金に他に多額の金銭が入っていた場合は,どの金銭からYに弁済されたかわからないという因果関係の存在についての問題がYのところでは生じうる。MまではXから誤振込みがなされれば,そこに金銭が行くことは確実といえるので社会通念上の因果関係が否定されるとは考えにくい。

[3]こういう書き方もありかとは思うが,まずは悪意・有過失にしておいて,「相手方から金銭の高度の流通性に鑑みればここは単なる有過失ではなく重過失である!」との反論としてこのような記載をした方が,主張・反論型のフルスケール答案を書くときはいいのかとは思う。検討の余地あり。

[4]②をXの金銭についての物所有権のもと所有,①をXの金銭についてのMの現占有としてみている。これは物権的請求権のもと所有と現占有の構造とほぼ同じ。

[5]これは必要?

[6]類型論においても,侵害利得であれば利得消滅の抗弁は出せる。しかし,ここで上記のように法律上の原因の不存在をMの誤振込みについての悪意・重過失とすると,これは主張自体失当となるはず(?)。

[7]金銭消費貸借に基づく支出とすると,これは結局出費の節約の主張にしかならないので,これは現存利益としては残っていることとなり,抗弁として主張自体失当になる気もする。潮見要件MAP註4参照。

[8]おそらく主張自体失当のため。

[9]発想は物権でいうところのXの所有権喪失の抗弁。Xは所有権に基づく物権的返還請求権を主張しているのだから,その所有権が失われたことをいえれば請求権の根拠がなくなる。これとのアナロジーで,受益に関するXの権利性を否定するものが,抗弁となりうると考えられる。

[10]これ自体は即時取得の適用ではないけれど,それに準じて行うのであれば,その要件定立のために民法186条1項や188条の説明をしなければならないのか。そうなると金銭の占有についての平穏・公然・善意の暫定真実による推定と,適法な金銭占有者からの移転での無過失ということになるのか?

[11]そして,上述の通り,法律上の原因の不存在を誤振込みへの悪意・重過失とすると,利得消滅の抗弁が主張自体失当となるので,この再抗弁が生じる余地はない。

[12]この部分の要件事実がどうなるのか,特に指図の入れ方についてはよくわかりませんでした。Ⅰ-13とあんまり一緒には見れなさそう…。

[13]債権の問題。ここでは金銭の占有と所有の問題のクリアをしないといけない。

[14]物権の問題として捉える。物所有権ではなく価値所有権を考える。

[15]訴訟物は詐害行為取消権が形成と給付の折衷だから,取消と給付のブレンド1個が訴訟物になるみたいです。具体的には民法総合3でやってくれとのこと。請求権の内容は上のようにしてみましたが,正確かどうかは自信がありません。